息子は恐らく睡眠障害を持っている。
ただし学生時代は苦労しながらも登校は続けてくることができた。
問題は、大学に通う中で、何やら人間関係で上手く行かないことがあったのだろう。そういうダメージも加わっているのがややこしいところだ。鬱的症状があるのだろう。
長野の大学から地元に戻って以来、2年間は部屋にこもりきり。その内、家族とのリズムが合わず更に不調になりつつあった。一度ストレスを減らすために間を設けようということで、同じ市内で一人暮らしを始めてからは、訪ねていっても寝ていて会えなかったり、辛うじて起きてきても、朦朧としていたり、また別人の様に不機嫌だったりしていた。それでも本人は自分のリズムで生活をなんとか切り盛りしていて、それはそれで自律だったかもしれない。
ただ、それだけでは社会に出て仕事をすることはできない。
そろそろ一人暮らしも長くなり、このままでもこれ以上の回復は見込めないと感じたことと、他者との接点を求める様子も見られたため、外の風を入れる意味でもまずはなんとか睡眠サイクルを確立すべく、毎朝私が8時に電話することにした。
定時に起きる習慣をつけようという約束をして。
しかし、無理な時は一向に出ない。電話に出んわ!というやつである。
それでもたまに一緒に出かけなければならない用事もあり、そんな時は何やら彼が頭の中で計算していて、いつなら出かけるのが可能か日にちを指定してくるのだが、最近になって分かったのは、どうやら彼の体は1日26時間サイクルで回っているのかもしれない、ということだった。どうしても2時間足りないので、ぐるぐるぐるぐるズレていき、また一回りして朝から活動できる日を、ただ計算しているようなのだ。
なぜ26時間周期になっているのか、何か要因があるのではないか?
そもそも本当に26時間周期なのか・・・?
3月からは仕切り直しで再び同居しているので、その要因を探る為に、起床時間と睡眠時間の関係性を、記録しながら割り出して法則性を探している。
そうやって、息子に一番フィットするパターンを模索しているうちに、またやっと一回りして元の朝サイクルまで戻ってきた。同居の再会にあたって、交わした約束を守ろうと、彼なりに頑張っている姿も見られる。今回はどれくらいその朝サイクルを保つことができるだろうか。
昼夜逆転期に入りだすと、それは調子が崩れているということで不調の坂を転がり出す。途端に口数が減り、変わりに「うるさい」が頻繁に出るようになる。
以前はこの「うるさい」が頻発しだす度に私の方が心折れかけていたが、本腰を入れて彼と向き合い出して分かったのは、調子が悪い時は、本当に「うるさい」しか言えないということ。「うるさい」と言うのがやっとだということだった。
不調な時は声が響くようで静かにして欲しい時も「うるさい」。
会話が少しでも続くと「うるさい」。
しんどそうだからマッサージでもしようか?「うるさい」。
ご飯いる?「うるさい」。
といった感じだ。
本当に調子によって言語能力がガタンと落ちてしまうようだ。
しかし、調子さえ良くなれば、その時どういう状態だったのか説明ができる。
一緒に外出もできる。
だから、今では「うるさい」と彼が言った時には、
「はいはい、それが精一杯なんですね」
と思うようにしている。
そんな彼も、時々絶好調になる時がある。
そういう時はまるで別人だ。
そしてそういう時には決まってある特徴が出る。
どういう特徴か?というと、私や夫と議論をしたくなる、というものだ。
それは唐突にやってくる。
例えば出かけた先で景色を見ながら・・・、とか、朝食を食べながら・・・。
「◯◯についてどう思いますか?」
という様な話し出しで。
内容は、
「自由意志というものはあるのか、ないのか」
というような、哲学的であることが殆どで、彼の精神性が深く関与し、その時期に強く関心を寄せているものは何かが、その問いに色濃く出ていて分かりやすい。
自分探しをしている息子からしてみれば、大学に入ったのは自分の頑張りによるところが全てだと言いたいのだろう。大学入学に向けて本当によくがんばったし、私は経済的な面でバックアップするので精一杯で、進路先について手厚く相談に乗ってやることはできなかった。自分で情報を収集し、自分で目標を持って学習を進めていた。だからこそ、彼に取っては唯一大きな達成感のあった出来事だったのだろう。自分の力によって人生を切り開いたというような自負が生まれたに違いない。決して親の手助けがあったからではない!ということを証明したくて、それからというもの、自由意志はあるのかないのか、ということが彼の勉学の全てのモチベーションの源にあったのではないかと思う。大量の本を読み、模索し、その関心は量子力学の分野まで及んでいたが、結局、どんなに足掻いても、結果的に行動は遺伝によって決められていた、ということに行き着いたらしい。
どんなに離れた場所にいて、早くから受ける影響を薄くしたとしても、親子は似たような選択をするらしい。ということは、大学にいったのは自分の実力だと思っていたが、それすら遺伝なのだとすれば、元々それだけの力が自分には備わっていただけで、少し努力をすればいけて当たり前で、自分が親よりも優れているとか、高学歴だとか、そんな風に考えていたのは傲慢だった・・・と、いう結論に達したらしい。
いや、そんな風に極論に行き着かなくても。私やお世話になった周りの先生方や家族の支援の力は大きかったと思うが、勿論自分のがむしゃらな努力が実を結んだからこそなのだから。100か0ではないのだ。
もっと気楽に生きればいいのに・・・と母は思うが、彼の場合、そう考えることで逆に家族を受け入れることに繋がったので、結果オーライなのかもしれない。
さて、そんな風に考えが進んだのも、夫が理系だったことから、文系の自分では詰めきれない理論的なことを時々夫に吹っかけては自分の立てた仮説は合っているかと試せたからではないかと思う。謂わばどこまで通用するか腕試しのようなもの。私たち家族にとっては夫は新しい風だったのだ。
息子は唯一夫のことだけは認めている。
それは自分よりも学歴が高いからだった。
だから以前は夫の話しか聞かなかったが、自分が大学にいったのは遺伝で決まっていた(私は大学には進んでいないけれど)からだという結論に達し、そのことを受け入れてからは、やや私のことも認め、近頃は、息子に吹っかけられた難解な話題に疲弊しがちな夫を助けるべく、二人の話し合いに私が口を挟んでも露骨に嫌がることは少なくなった。
そんなある日、朝、食卓を囲んでいると、珍しく早く起きてきた息子が、唐突に
「トートロジーってどう思います?」
と切り出した。
でた!と思う私と夫。
久しぶりだった。
同居して以来、ちょっといろいろあって、最近はあまり会話することが減っていて、低迷していたのが気になっていたが、少し回復の兆し。
「どういうこと?」
とやんわり夫が聞き返す。
「調べ物をしていて、Aという記事を読んでいると・・・