きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

大雨警報発令中。

Jアラートが鳴り、大雨警報が鳴り、落ち着かない夜を越して、朝の窓の外の雨を見ている。

夫はこの雨の中、カッパを着てバイクで仕事に出動していった。

今の私は、今日行かなければならない予定はなく、こうして室内から眺めているだけでいい。

 

ふと、6年前の7月、梅雨前線等の影響で、西日本を中心に広い範囲で記録的な大雨が降り続いた時のことを思い出した。

この大雨は、多くの観測地点で観測史上1位を更新したそうだ。

その頃の私は療育施設の管理者で、地震や火事、そして洪水などの災害や不審者や事故などの危険から、職員や利用している子どもたちを守る立場にあった。

年に数回、避難訓練をすることが義務付けられていたが、それ以外の日常でも常に万が一の時の行動の仕方を考え、頭の中でシュミレーションを行っていた。そうしていなければ、咄嗟の事態に、素早くなるべくリスクの少ない判断、指示をすることは出来ないだろうと考えていたからだった。

教室の目の前は国道。考えなしに扉を開ければ、混乱した子どもたちが飛び出してたちまち二次災害にあってしまう。が、まごまごしていると火事や地震なら巻き込まれ、洪水なら流されてしまう。

子どもの人数よりは少ない指導員の数で、1人も飛び出さず、決して手を離さず、落ち着いて速やかに避難するには、やはり日頃の訓練をいかに真剣に行うかは大事で、どういう状況になれば避難すると判断し指示を出すかは非常に重要になる。

 

私のいた施設は、川から幾分離れていて、ハザードマップでは氾濫した時には辛うじて床上浸水を免れると色分けされた場所にあったからこそオープンしたのだが、ちょうど境目だということは、過去には浸水していなくても、これからは想定外のことが起これば、当然前例にない事態になる可能性が十分にあるということになる。

 

そういう時の為に、洪水の避難訓練も行い、教室の入る建物の上階に素早く上がる練習は行っていたが、果たして本当に洪水が起きたら、私たちはその建物の上階、しかもマンションなので住人の部屋に入るわけにはいかず、階段や廊下で水が引くまで何時間も、或いは夜通し待つことができるかと言えば、かなりそれは難しいと言わざるをえなかった。

状況を理解できない子どもはパニックを起こしてしまうだろうし、お腹を空かせて泣いてしまう子もいるだろう。そんな子どもたちを抱えて、職員もいっぱいいっぱいになるのは目に見えている。中には自宅に我が子を残して、帰るに帰れない職員も出てくる。かく言う私もその1人だった 。

ということは、建物の上階に避難する、というのは最終手段であり、ある意味手遅れの時ということになる。

だからこそ、そうならないように大雨が降り続いた時には、周囲の川の状態を把握することに努めなくてはいけない。

幸い近くの大きな川には、要所要所にライブカメラが設置してあり、リアルタイムで河川水位をスマホからも見ることができた。間のカメラが無い地点はグラフで知ることができる。

私は日頃から、台風や大雨の時にはこのライブカメラやグラフで、川の上流から下流に至るまでの様子を見るなどして把握するのが習慣になっていた。

もし、自宅が川から離れた場所にあれば、ここまで川の水位に危機感を感じなかったかもしれないが、その時住んでいた場所は、教室から川沿いをずーっと上流の方へ上ったところにあり、しかも、他のルートもまた別の川沿いを通らなければならない。2つの川に挟まれた場所なのだ。

川は、下流だけ見ていると洪水には間に合わない、上流にはダムもあり、ダムが放流すればたちまち大変なことになってしまう。

どちらも氾濫すれば帰ることはできない。

 

その教室のある市町村は、大雨警報だけでは休校にはならず暴風警報なども発令されなければ学校に準じる私たち施設もなかなか閉所できない為、大雨の中、子どもたちを預かることになる。そしてその後時間が来れば、また安全にお返ししなければならない。

だから、教室の子どもたちも、事前に帰宅させ、指導員も早めに返すには、ダムや上流の川の状態に敏感になり、異変があれば氾濫する前に早めに「帰す」という判断をするのが最善策だと考えていた。

地震や火事に比べて、洪水は災害が起こるまでに時間の余裕がある。きちんと対策を打てば、巻き込まれて最悪の被害に合うことは避けられる。

幸い殆どの子どもたちの家が川から離れた位置にあったから、危ない時には早く保護者に連絡を入れ、お迎えに来てもらうか自宅で待機してもらい、お返しするほうがずっと安全なのだ。

 

さて、その6年前の大雨は確か2、3日降り続いた為、徐々に川の水位が上がってきていた。私は自宅から出勤する時には、ズーッと川の様子を観察しながら横の国道を、その日のリスクを考えながら下っていた。

             (6年前に横目で見ていた川)

 

2日目には自宅付近の川は轟々と音を立てて、茶色の土砂を含む濁流になり、あと少しで土手を超えるのではないかと思える水位まで上がっていて、それを見ていると緊張で心臓がギュッ!と掴まれるような感覚になった。果たして私は今夜、我が子の待つ自宅に帰ることが出来るだろうか、、、。と不安だった。

もう一人、不安を抱えて出勤した指導員がいた。自宅の場所が私と同じ方面で、しかも本当に川沿い。川が氾濫したらすぐ家にも流れ込むような位置にあり、ご両親と小、中の子どもがいた。

そわそわと緊迫した様子のその人は、自宅と子どもを案じて気が気でない様だった。

子どもたちの下校時間が来るまでに、どんどん雨足は強くなっていく。

川の水位も上がり、この調子で行くと、下校する子どもたちを受け入れてから、やっぱりお返しすると連絡したって仕事に行っている保護者はすぐには戻れないだろう。これは早く連絡をして、何時なら戻れるか把握しなければならない。

しかし、当初うちの施設では退所時間を変更して切り上げるには、代表者の許可が必要となっていた。午前中から、今日は川が危ないとライブカメラやグラフの画像を送り、やんややんやと判断を迫ったが、代表者のいる場所は教室とは違う市にあり、そこにある小さな川の水位は全然大丈夫だ、と言って一向に取り合わない。

これでは間に合わないと判断して、保護者への連絡を開始した。

運よく殆どの保護者に連絡がつき、その日はご利用していただくのを控え、ご自宅で過ごしていただくことを了承してもらうことができた。

ただ、一件だけ仕事で保護者に連絡がつかず、通常通りの下校で支援学校から戻ってきたお子さんをお預かりすることになった。

雨は激しさを増して、このお子さんの保護者に連絡が付くまでの間に、私や指導員の住む地域では避難勧告が出だし始めていた。

気が気では無く、川沿いに住み小学生のいる指導員だけでも早くに帰宅させる許可を得ようと再三代表者に連絡するが、許可がでない。そのうち、連絡も付きづらくなった。

現場に居るものと居ないものとでは、こんなにも危機感が違うものかと憤りを感じながらも、お預かりしたお子さんの療育は進め、同時に保護者への連絡を続けるうちに、気づいた保護者から連絡が入り、急いで帰宅するとのことで予定の時刻を早めて無事お返しすることができた。

これがタイムリミット。

これ以上は待てない。

現場は現場にいる者が判断する、と決め、その時点で代表者に一報だけ打っておき、教室を閉めて全員帰宅させた。

その後、改めて事後報告にはなったが、連絡のついた代表者に事情を話した。

 

なぜ、許可なく教室を閉めたのか、とか、社員を帰らせたのか、とか、お叱りを受けたが、あまりにも現場と違う感覚で押し通す主張に、腹が立ち、今後、万が一危険がある場合の現場での判断は管理者である私がします、と宣言した(当たり前だと思うが)。

その日、川沿いの指導員の自宅前は氾濫危険水位を越して危険な状態になり、帰宅してすぐ避難指示に切り替わり、前の道路は通行止めとなった。

私の側といえば帰宅側の道が通行止めとなり、もう一つのルートを使って帰宅できた。

 

 

3日目。

まだ雨は激しく降り続いている。大雨警報も出たままだった。

朝からまたタプタプの川を横目に見ながら出勤。

夜も次の日の対策を考えるため、何度もライブカメラやグラフを見て過ごした。

川のことを考えなければ、ただ雨が降り続いているだけ、のようにも思えるかもしれない。街中では、危険が隣り合わせにあることにも気づきにくい。

川から離れたところにある支援学校は、通常通り授業を行っている。

しかし昨日のこともあり、まだ雨が止む見込みもないことから、保護者には昨日の時点で今日、教室を閉める可能性が高いことを伝えてあったため、保護者はみんな仕事を休んで快く自宅で待機して下さっていた。

いよいよ川が危なくなり、閉所することを決めて保護者に連絡をしたのがちょうど昼頃。

この日は代表者も出先で私鉄の運転見合わせに遭遇し、立ち往生することになったようだ。昨日は話が通じず、憤慨したが、今日は自分の身に降りかかって初めてこの雨の影響を感じたようで、この私の判断に指摘はなかった。

 

この日、上流のダムは許容範囲を越し、放流を行った。

昔に放流された時は、あたりが腰まで浸かる被害にあったそうで、今回は制限があっての放流だったようだが、それでもちょうど私たちが住むあたりで一部堤防を越えて道路が冠水してしまったようだ。

 

 

冷や冷やした3日間だったが、幸いにも川は持ち堪え、それ以上の大きな被害には繋がらなかった。

大きな被害がなかった時、人は、

「なんだ大したことなかったじゃないか」

と思いがちだ。

だが、命を預かる身としては、

『被害がなかった』

ということが何より大切だ。

代表者の許可を待たずして決断したことについては、あれで良かったと思っている。

 

刻一刻と変わる天気の先の見通しを立てることは、とても難しいことだが、

今は様々な情報を得る手段がある。

私が河川のライブカメラを見ていることを話すと、大概が笑って驚かれる。中には施設長の人でもそういうことがある。

逆に私は

「いや、見てないんか〜い!」

と突っ込みたくなる。

 

 

これから先は、気候変動によって、雨の降り方が今までとは変わり、降る量に伴って、洪水の確率もグンと増加することが予想されるだろう。

 

大切な子どもを預かる施設や、高齢者の施設を管理する方を初め、そこに携わる人たちは、大雨、長雨が続いた時には、河川のライブカメラやグラフを見たり、都道府県の防災ネットに加入して通知を得るということを、例え責任者でなくてもやっておくくらいの意識を持っておくことをお勧めしたい。