休みの日の朝。
私がいつもゆっくりなので、朝ご飯は9時や10時頃になることが多い。
だいたい早くから起きている夫は、フルーツなどを食べて待っていてくれて、私が起きてから一緒に朝昼兼用のブランチとして食べてくれる。
あーだ、こーだと話しながら食べるので、気がつければお昼を過ぎていたりもする。
宇宙の話だったり、科学の話だったり、仕事の話しだったり、お気に入りの動画の話だったり、勿論子どもたちの話だったり。ネタは尽きない。
夫はいつも私に科学の卵だね、と言ってくれる。私が「なぜかなぁ?なぜなんだろう?」と、身近な物に対して疑問ばかり持っているからだ。
そんな私に理科の先生になったらいいのに、とも言う。
好奇心というものは、何にしても初めに大切なものだと思う。子供の頃の好奇心を持ち続けられるかどうか。意外にも持ち続けた人が理科の先生だったり物理学者だったり宇宙飛行士だったりと、夢を追い続け叶えているものなのだろう。そういう夫も元は物理学者の卵だった。
そんなこんなを考えていた時、ふと思い出したことがあって、夫に話しだした。
そ〜いえばさ、私が以前勤めていた小学校になんか偉い理科の先生がおられてさ、、、と。
この先生、割りと理科では名のしれた方だったらしい。私はそれが何故なのか全く知らないまんま、介助員として付いていた児童と一緒に授業を聞いていた。
噂によると、先生は、動物が道端で死んでいたりすると自宅に持ち帰り、庭に置いてあるドラム缶で煮て、骨だけを取り出し標本を作っておられたらしい。勿論家にはご家族もいる。
俄に信じがたい狂気じみたこの話を、本当だろうかと好奇心旺盛な私はずっと覚えていた。
私がその学校に勤めて4年ほど経った頃だろうか。毎年、年末に行われる忘年会で、私はたまたまこの先生と丸テーブルで一緒になり、なんと偶然お隣の席になってしまった。
授業には入っているけれど、私はほぼこの偉い先生と個人的にお話をしたことがなかった。
さてどうしよう、、、と困った私は、兼ねてから聞いてみたいと思っていたことを切り出してみた。
「あの〜ぅ。先生。お庭で死んだ動物を持ち帰ったものを煮て、骨だけにしているって、本当ですか?」
我ながら直球すぎた。40代も半ば近くになって、子どもじゃあるまいし、初っ端から聞いてしまうとは。
だけど、先生は苦笑しながらも優しく
「あぁ、本当です」と教えてくれた。
「研究の為にね」と、その理由までも。
本当だったんだぁ、、、と驚きつつも、俄然先生に興味が湧き、次に聞いてみたかったことを切り出した。これは、今しがたテーブルで一緒になってから、先生をじ~っと見ている内に、ふと私の中に沸き起こった疑問だった。
「あの〜ぅ。先生も、もしかして、子どもの時にファーブル昆虫記を読んで、理科が好きになられたんですか?」
またしても唐突な私の質問に、先生の目がパッと輝いた。
「あの、、、フンコロガシですか?」と続けて突っ込んで聞いた。フンコロガシとはコガネムシの仲間で動物の糞を丸めて巣に運ぶ習性がある虫のことだ。
「そうなんだよ!ファーブル昆虫記のフンコロガシの話を読んでね、理科の先生になったんだよ」と先生の顔がほころんだ。
私は自分で聞いておきながら、ドンピシャだったことに驚き、そして自分の直感が見事的中したことに喜び興奮していた。
「私もファーブルのフンコロガシのお話が好きで! 先生みたいな方でも、そうだったのかなあ?って考えていたんです!」
たった2つの質問で、先生と私は意気投合し、それから嘘のように話が盛り上がった。
うちの息子も小学生の頃は生き物が大好きで生き物博士と呼ばれていたことや、学校にビオトープがあって、ここが息子の大好きな場所で散々お世話になった話をした。
毎日毎日休み時間にはこのビオトープに行き、縁に立って中を覗き込んでいたら決まってバランスを崩して足を突っ込んでしまい、いくら洗ってもいつも靴が真緑色だったこと、モリアオガエルがいて、とても可愛がっていたことなんかを話した時だった。
「そのビオトープ、作ったの僕。子どもたちが遊べるように」
「モリアオガエルも僕が試験的に放した」
「まだいた?」
なんと!あのビオトープを先生が?
うちの息子たちと先生に接点があったなんて!
それから先生はどんな風にビオトープを作ったかを教えてくれた。
「授業で使うだけじゃなくて、子供たちが遊べるビオトープにしたかったんや。」
そう仰っていた通り、先生が作ったビオトープは幼き日の息子たちの生き物への好奇心を育ててくれましたよ。
大変先生は喜んで下さった。
お幾つなのかは分からないが、還暦に近い先生も、ファーブル昆虫記のフンコロガシが原点だったということが分かって私はなんだか心底うれしかった。
フンコロガシって凄いなぁ。
その小さな存在が、人々を虜にする。
そこで私はもう一つ、夫に話した。
エジプトではフンコロガシは神様の化身として崇められているんだよ。
フンコロガシが転がして作る糞の玉を太陽に見立ててね。と。
そのフンコロガシ(ヒジリタマオシコガネ)はスカラベと呼ばれていて壁画にも描かれている。私はこのスカラベに子供の頃魅了されていた。
エジプト展に行った時にはスカラベのピンブローチを買った。
これがその時の。20年くらい前だろうか。

古代エジプトから現代まで、ここまでフンコロガシが人の心を捉えて離さないのは何故なんだろう?
小さな体で逆立ちをして、懸命に大きくなった糞玉を押して移動する姿が奇妙だからだろうか?
それともその健気さに自分たちを投影するからだろうか?
答えは分からないけれど、きっとこれからもこの小さな虫に夢中になる少年少女は出てくることだろう。
夫と話した後、しばらくして私は遅がけの買い物に出かけ、夕方に帰宅した。
買い物した袋を床に降ろそうとした時、胸元で何か硬いものが手に当たってコロリンと落ちた。
緑色。虫!
ぎゃあ〜!!っと思わず叫んでしまった。
カメムシだと思った。
それなら早く外に出さなきゃ!
と思って、よく見てみたら、、、。
カナブンだった!
真緑色したとても綺麗なカナブン。
いつ服に引っ付いてきたの!?
でもホントにカナブンかなぁ?そう思ってまたまたグーグルレンズで調べる。カナブンも色々種類があるからねぇ。
ふむふむ。カナブンは頭が四角く、羽の付け根に▽線がある。
目の前にいるこの虫は、頭が丸くて羽のところには半円の線がある。
なのでこれはカナブンではなくドウガネブイブイというコガネムシの仲間ということらしい。

(触覚がかわいい)
カメムシならよく通りすがりに引っ付いてくるが、コガネムシがついてきたのはこれが初めてだった。
朝、いや、昼、夫とフンコロガシやスカラベについて話したその日に、この、コガネムシの仲間のドウガネブイブイが引っ付いてきた偶然が信じられなかった。
私の声を聞いてやって来た夫も、目を丸くして驚いていた。
不思議すぎる。
それから2日経った今日、そのことをこうしてブログに書こうとして、ふとその先生のことを少し調べたくなり、グーグルさんでお名前を検索してみて驚いた。
先生は、コガネムシの研究で論文を出しておられた。
それもタマオシコガネ、別名フンコロガシの。