きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

小さなライバル。

小さな子どもたちと、お母さんお父さんたちと、音楽をかけて踊ったり、歩いたり走ったり、マットや器具を出して全身を動かして体力作りをしたり。

かなりハードな親子体操教室。

午後の教室で3、4歳児たちと体育館を走っていると、必ず私に挑戦してくる女の子がいる。

幼稚園から帰ったばかりで疲れているはずなのに、私を猛然と追いかけてきて、横に並び、張り合う気満々の目で私を見上げる。

それが可笑しくて、笑っちゃいそうになる。目と目が合ったら、思わずクスッとしてしまうが、後はぐっと噛み殺し、私は全力でスピードを上げて引き離す。

すると、コースをショートカットしてやって来て、また私の横に並ぶ。

また引き離す(笑)

わざと負けてやったりはしないのだ。

 

3分〜5分くらいの間だが、このデッドヒートを行うと、さすがに体力を消耗する。だから毎回はしないのだけれども。

4歳なのに、びっくりするくらい足が速い。毎週こうして鍛えてきたから、他の子たちも風のようだ。体が軽いからビュンビュン走る。ほっぺを真っ赤にして。

 

前でダンスを踊っていると、お母さんの元から離れてやって来て、私の真ん前に立ちペタリと張り付く。しかも対面。その距離0センチメートル。

笑いながらそのまま踊る。

 

お母さんが側におられるので、相方の先生はお母さんに手順を説明するが、私は主導の時は子どもたちに説明する。その方が、子ども達は良く理解して動いてくれるからだ。

走る場面では小さい子たちだし、ワチャワチャしてるうちに「よーいどん!」と言ってしまいがちだ。よくそういう場面をあちこちで見かける。

でも私は必ず「気をつけ〜ピシ!」とキレの良い口調で号令をかけ、ピシッっと立つ手本を見せる。これは行動を抑制する為のコツだ。注意散漫な子も、待てない子も、体幹が弱い子も、この瞬間ピシッと立ち、しっかり私を見ることができる。そして間髪入れず、「よぉ〜い!」で構え、「ドン!」と手を叩く。

これは小学生は勿論、重度の子どもたち、そして2歳、3、4歳でも同じだ。とても上手にスタートを切ることが出来る。一斉指示を出す者に注目するという共同注視の力を育てることで、みんな脱走しなくなる(笑)脳に刺激が届き、理性が瞬間的に戻る為だろう。

彼女はいつも体育会系の人の様に、私の声かけに応じ、真剣な目をして汗をかきかき走っていた。根が真面目なんだな。

 

終わって休憩室で相方と振り返りをしていると、ヒタヒタとやってくる足音がする。

「なにしてるのぉ〜?」

ほら来た!

彼女はお友達親子といつもお菓子を食べて帰る為、長い時間残って遊んでいて、暇になると階段を上り覗きにくるのだ。

1人で上がると危ないしお母さんが心配するよと彼女の側に近寄る。

すると私の足元までやって来て、下から見上げ、私の胸を指で突っつき、

「おっぱいぽよょ〜ん」と言っている。

彼女は4歳にして下ネタも言うくらいのおしゃまさん。

「これこれ」

と、たしなめる。

そうしている内にお母さんがやってきた。

 

「あんた、先生が好きやねぇ」

とお母さんが言った。

以前、体育館側が取ったアンケートに、このお母さんは「子どもがこんなに先生を好きになるとは思わず驚いている」と書いていた。講師はもう1人、長年この教室をやってきた相方がいる。同い年の可愛らしい人。だから、「先生達」なのか、「どちらか1人」のことなのか、詳しいことは知らないままだったが、どうやら私のことだったらしい。

 

「なんで好きなの?」

と真下から見上げる彼女に聞く。

「おっぱいが、いっぱいあっちにもこっちにもあるから〜www」

とケタケタ笑う。

あは。それは肉感があるってことでしょ(笑)私を着ぐるみか何かと間違えてるな?などと言って笑いあっていると、真顔でお母さんが話しだした。

「この子、これが素なんですけど、だから家ではこうなんですけど、あまり他の人の前では出さないんです。」「園の先生が色々言ってくれても、おすましさんでシラ〜っとしてて」と。

園の先生が怖いとか?と聞いてみた。

いやいや、みんな優しいんです。だって。

そして

「この子が好きな人ってホント少なくて、先生は10本の指に入りますよ」と教えてくれた。お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃん✕2、、、としても残りは4人。

へえ、それは光栄な。

彼女はとても元気で明るい女の子だ。もちろん場面緘黙とも違う。

「なんでだろうな」

 

そのお母さんの話が頭に残っていて、帰宅して夜ご飯をもぐもぐ食べながら考えていた。

 

私は、これまで他の人では対応が難しくて困っていた様な、発語が無くて重度の自閉症児たちや、ダウン症児たちも皆、心開き誰にも見せない顔を見せてもらっていた。そして他所では一切話さないという場面緘黙児たちも不思議と私とは話をしてくれる。それは、他の事業所にポっと行っても同じだった。

障がいを持つ子たちのお母さん方からは、「先生、何か持ってるんやろね」と言われていた。「子どもたちは先生のそれを嗅ぎ分けてるみたい」とも。

そのことを思い返しながら、なぜ私なのかと、彼女が園で先生たちからの声かけにも、すん!としている姿を頭の中に浮かべて考えていると突如、

「そうか!わかったぞ!」

と気づいた。

 

恐らく彼女は、園の優しい先生たちからも、子ども扱いされるのは嫌なのだ。

「〇〇ちゃ〜ん」

とご機嫌伺いしてこられるような対応はシラケてしまうのだろう。

なぜなら、例え4歳でも、心は大人びているから。

やってることも、言ってることも、所詮4歳には違いないけれど、人格的に大人なのだ。

 

私は小学校で働いていた時も、療育施設で働いていた時も、必ず行っていたことがある。

それは、子どもたちを1人の人格を持った人として話すということ。

 

障がい児たちが私に心開いてくれるのも、私がその子、人たちの中にいる人格に働きかけているから。

何重ものベールに包まれ、外界からのコンタクトが直接届きにくい奥深くに隠れているその人の人格に、直接グッと手を入れてグイッと掬い出してくるような感覚。

そういう風に、私は障がいを持った子、人と接する時には心がけていて、それが本人たちにも伝わっていたのだろう。

彼女のことも、私は子ども扱いしていなかった。子どもに対する猫なで声などは出さないで、対等な人として話をしていた。

きっと、彼女はそっちの方が好きなんだ。

 

今度会ったら、お母さんに伝えよう。

 

 

園でも彼女が本来の姿を出せるヒントになるだろう。

来週が楽しみだ。