きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

横断歩道の真ん中で。

この頃は、用事の無い日はゆっくり過ごし、午後になってからいそいそと外へと出かけ、最低限の用事を済ます、というサイクルになっていることが多い。

 

ある日、美容院に行く為、車に乗って隣町へ出かけた。

その街一番の交差点に差しかかる。

私は右折しようと横断歩道の手前で止まり、歩行者が通りすぎるのを待っていた。

その先は片側3車線。

左折の対向車も同じ車線へと合流しようと同じく横断歩道の手前で止まり待っている。

横断歩道は、片道3車線、合わせて6車線を跨ぐ為、距離が長い。

歩行者優先とはいえ、ジリジリと迫る車の圧に、渡る人は足速にお辞儀をしながら通る。

歩行者が肩身の狭い思いをしながら渡る。そんなのっておかしいよね、と思いつつ、ドライバーにとってはそれによって心理的負担が和らぐところもあるのは否めない。

みんな、そんなに急いでどこへ行く?といつも思う。

 

その時、前方から小学校低学年の女の子と、そのお母さんが横断歩道を足速に渡りだした。その子とは寄り添うように歩いている。

6車線の内、中間地点を過ぎ、4車線まで渡ったところで、初めてお母さんがふと後ろを振り返った。

視線の先には、3歳になったかどうかといった小さな女の子。

お母さんとお姉ちゃんから数メートル遅れ、ぽてぽてと渡っている。

 

いやいやいや、考えられへんでしょう?

この長い横断歩道を手も繋がずに1人で渡らすなんて。えええ?

と、その光景を見て不安にかられた。

 

小さな女の子も、なんとなく周りの雰囲気を察したのか、間が空いて追いつけないと思ったのか、顔を歪め、今にも泣き出しそうになり歩みを止めてしまった。

 

お母さんが慌てて小さな女の子の側に駆け寄った。お姉ちゃんも慌てて引き返す。

次の瞬間。

 

パシッと小さな女の子の頭を叩き、

「ダメでしょ!何してんの」

と厳しい口調で叱り、強く手を引いて向こう側まで連れて渡りきっていった。

 

呆然とした。

釈然としない。

どうしてあんな小さな子を1人で渡らして平気なのか。

その小さくまだ頼りない足では、追い付けないことくらい、誰が見ても分かるのに、どうしてその子を叩いて怒るのか。 

なんでなの?

無性に腹が立った。

 

 

最近、小さな子の手を繋がない親が多すぎる。

後ろを歩く我が子を気にも止めずに歩く親。

それを見る度に胸が痛む。

 

後ろの子、いつ車に轢かれても、おかしくないよ?

連れ去られたって分からないんじゃない?

事故や事件にあってから、慌てたって遅いんだよ?

やりきれない思いを抱える。

 

この横断歩道の親子の様子は、何台もの周りの車のドライバーたちが目撃していたことだろう。

横断歩道に歩行者がいなくなり、再び何事もなかったかのように一斉に車は動き出したが、私と同じように目撃した人たちの心には何が過っていっただろうか。

 

親が手を繋ごうとしても、ガンとして嫌がる子どももいる。

接触過敏を持つ子もいるし、手を繋いで歩くのが一苦労なこともある。

手をギュッとされるのが嫌だという子。

なんで繋がないといけないのか理解していない子。

色々と原因はあり、お母さんたちにも言い分はあると思う。

 

それでも、繰り返し、手を繋がなければならないところだと教える内に、やがて定着し落ち着いて繋いで歩けるようになる。

それでもダメな時は抱えて通ればいい。

危険は一瞬。

後悔は先に立たず。

そして、周りの人々も、子どもがごねて四苦八苦しているお母さんには温かい目を向け、援助の手を差し伸べて欲しい。

そうすることで、お母さんたちの気持ちも、穏やかになるだろうから。