「引きこもり」という言葉が差す状態というのは幅広く、入浴など以外は全く出てこない場合もあれば、家の中では自由に動くが外には出ない場合や、軽い買い物やバイトくらいには出るけれどほとんど人とは話さない場合など、多様なケースがあり、「引きこもり」に至った理由も千差万別だ。
ただ、その中でも、多くの場合、ベースに発達障がいや、愛着障がいを持ち、仕事がしたくても失敗が多く自信を持てなくなったとか職場の人間関係が上手くいかないなどの困難が重なり引きこもりになったとか、そもそも働くという概念を獲得できていなかったり、できればストレスを回避する傾向が強くて一歩が踏み出せない人たちがいると私は考えている。
発達障がいゆえの困難さ、目には見えない、理解されにくい困難さや内面の世界があって、引きこもりに至った場合、その期間が長くなればなるほど介入はしづらく、困難になっていくことが多い。
それでも、社会に出ていくことは不可能か?といえば、「そんなことはない」というのが私の見解だ。
新たな援助者が現れることもあるし、時間の経過と共にダメージを受けていた心や体が癒え、回復の道を辿るケースもある。
ただ、長年他者との接触を拒んで来た人が外の世界に一歩出て行くには、周りの人の理解や支援が必要で、かなりの根気を要すると、支援する側は腹を括っておくことが大変重要になる。
支援しようとする側は、できればまずは自分自身が人と対峙したときにどのような影響を与えるか、知っておかれると良いと思う。
なぜなら、間違いなく、引きこもりの人に接する内に、その自分が与える影響というものが引きこもりの人を通して浮かび上がり、問題となることが多いので、それによって自分自身が苦しくなることが多いからだ。
これはカウンセラーでも同じだと思う。
問題を突破するには、相手の変化を促すのではなく、まず自分の出方というものを柔軟に変えることから取り組まなければならない。
相手との関係が膠着状態に陥っても、まずは自分自身と向き合い、自分の出方を変えることができれば現状を変えることが出来るからだ。
例えば、自分の出方が悪かったとして謝らなければいけない場面が来ているのに、謝るのが苦手な人では、謝れず途端に苦しい思いをすることになる。
もっと相手の心に踏み込まなくてはいけない場面で、踏み込むのが苦手な人は、いつまでもジリジリ、悶々としてしまい、状況をガラリと変えてしまうことができない。
もっと言えば、怒りっぽい人は、相手の心の変化をじっくり待つことが出来ず、相手はゆっくりとでも考えようとしていたところなのに、カッとなり怒ってしまって関係を悪くしてしまうということがある。
私たちは自分自身の固定概念や、その人への先入観を捨て、まっさらな心で引きこもりの人の見えない内側に潜って探求させてもらいます、くらいな気持ちで接することができたら、必ずその変化は身も心も引きこもっている人に届き、早ければその場で変化が感じられるようになる。
私達が自分の心の内を覗き、自分の生い立ちを振り返って、苦しいけれど一つ一つの事柄を見つめ、凝り固まりギュッと固く握っていた悔しさ悲しさ寂しさ恥ずかしさやるせなさを、もう一度体感し気づきを得て昇華させる方法を身を以て知っていれば、引きこもりをしている人にその方法を伝えてあげることができる。
逆に、その過程をすでに終え、不完全な人間ながらもなんとか上手く折り合いをつけて人生進んでます、と言えたなら、それは支援する側であっても、どこか同士として彼らの苦しみに寄り添えることになるだろう。
さあ、ここまではまだ引きこもりの人に接する為の心構えの段階でしかないけれど、でも大変重要な部分なので、軽く斜め読みで飛ばさずにじっくりとどういうことなのか噛み砕き咀嚼して、飲み込んでいってもらいたい。
そうやって、心の準備と覚悟をした上で、身近な、若しくは仕事上の見知らぬ、「引きこもりの人」を支援しようとする時、間に誰かその人とパイプのある人物がいる場合はいいが、そうでなければまずは自分で引きこもりの本人とコミュニケーションを取り、信頼関係を築くところから始まる。
信頼関係がなくては、警戒の強い引きこもりの人の部屋に入るどころか、ドアを開けてもらうことすら難しい。
運良く初めは開けてもらえても、次も開けてもらえるかは分からない。本人にとって、わざわざ出てもメリットがない、ましてや気が進まないことばかり言われると、訪ねて来られる事自体が億劫になり、そのうち訪問が恐怖に感じられてしまうことだってある。
だから、ほんの数分、数秒で、話を聞いてやってもいいかとドアを「開け続けてもらえる」だけの話題や仕掛けを多く自分の引き出しに持っておく方がいい。近所のおばちゃん、おじちゃんのような気軽さも備えておければもっといい。
「ほら、今日、すごい空が綺麗なんですよ」
「雲が面白いから、〇〇さんに見てほしいとおもって!」
なんて柔らかな笑顔で自然に言われたら、引きこもりの人だって、つい、うっかり、空を見上げてしまうに違いない。
そこから、「今日の調子はいかが?風邪引いてませんか?」など、簡単に返事を返せるような質問をしてあげて、「ん、、、あぁ」と声を出して貰うことが出来たら尚良い。1人で引きこもっていると、問いに対してあれこれ考えるといった負荷のかかることを日頃していないために、急には頭が働かず、負担でしかないことが多い。勿論、声を出すことさえも億劫でハードルが高いということも考慮して簡単な問いかけで、とにかく「うん」でも「あぁ」でも、「んぐぐ」でもいいので、何らかの音声を発してもらうことから始めると良いと思う。
元気を出させようとして、大きく空元気な明るい声で「こんにちは〜!!げんき〜?」なんて言って背中をバンバンと叩くような人もいるかもしれない。
でも、長く引きこもりの人は、燦々と日が差し込む明るい部屋でいる人は少ない。カーテンやブラインドを閉めて薄暗くして、なるべく生産性を低くしていることが多いのに、いきなりそのトーンで来られると、あまりにテンションに違いがありすぎる。それだけでも十分に敏感な本人たちには刺激が強すぎて、苦手意識を持たれかねない。
認知が硬くなっている人に1度苦手意識を持たれると、覆すことが困難になりやすい。
明るくてもいいけれど、あくまで落ち着いたトーンで静かめに声をかけた方が安心してもらうことが出来て長続きする。
そこで大切なのは目だ。声は静かでも、目がニコッと優しい眼差しを向けてくれる人には、安心してもらいやすい。案外チラッとでも、こちらの目を見ていることが多いので、気が抜けていて暗い目やキツイ目をしていない様に気をつけなければいけない。ましてや部屋を覗き見るといった、目の動きすらしないように気をつけねばならない。もし中の様子も心配で伺いたければ、本人が内側を向き、こちらに後頭部が向いている時などに、サッと見る、という程度にした方がいい。
そういったことに注意して、関わりを続けた時、玄関や部屋のドアを開け、少し立ち話ができるようになったからといって、それでもう信頼関係ができたと思うのも早急で、初めは何度かそうやって入り口で話をして帰る、の繰り返しで辛抱する方が良いと思う。
その繰り返しが、この人は、無理矢理何とかさせようと来ている人ではなさそうだと警戒を解かせてくれる。
会話は本人が好きなことを中心に話してあげると口数も増えてくる。案外趣味を通してインターネット上で友達関係を構築していることもある。そういった内容からこちらも色々と話しをしながら情報を得ておこう。
だいぶ日数をかけて信頼関係が出来たころ、それまでに話していたことから得た情報を元に、一歩部屋の中にいれてもらうきっかけがつかめることがある。
それは、
「そう言えば、テレビなんかはどの辺りに置いてるの?」
といった、本人が実際の位置を確かめる様に部屋を振り返るとか、趣味の物がみてみたいな、とか、捨てたいけど重くて困ってる物がある、とか、そんな風に本人にが咄嗟に警戒を解いて人を入れても仕方ないと思えるような流れを作るた先にチャンスがやってくる。
チャンスは一瞬のことも多いから、逃してしまわないように、ごくごく自然にするりとついて入り、理想は、気がつけばクリアしていた、くらいの立ち居振る舞いができれば上々だろう。
しかし、ここからが、難関かもしれない。