何でだろう?どうして今頃?さっぱり分からん。でもハマっちゃっていました。この間まで。
好きなことの多い私は、日々、色々ハマることがあるんですけどね。
ただ、なんだかその対象が、段々年代を遡っている気がします。
今度は何にハマっていたかというと?
それは、、、「天地真理」さんに。
え?!!!と思った方、いっぱいおられますよね。そもそも、知らん!という世代も多いかもしれません。
だって、1970年代のアイドルですもの。
それも国民的なね。
天地真理さんは1971年にデビューされています。
私は真理さんが活躍されていた数年は、まだ幼児でしたから、その頃の記憶は朧気にしか残っていません。でもテレビでも繰り返し流れ、ドレミまりちゃんなんて自転車もあって、断片の記憶は、はっきり映像が頭の中に残っているのです。
「ひとりじゃないって〜♪」「あなたを待つの、テニスコート~♪」
というフレーズと、少し太い声質の、しかし澄んだ歌声、そして太陽の様に明るい笑顔は幼児が覚えているくらい強いインパクトがありました。
その後も私は歌番組が特に好きだったので、懐かしの映像などでから、その後の記憶というものは形作られていったのだと思います。
ここで一つ、私の中で引っかかっていたことがありました。それは、真理さんの声質でした。先ほども書きましたが真理さんの声質は少し太めでした。その愛らしいお顔に似合わず大人っぽさのある声にギャップがあったのでしょう。
私が知っていることはこれくらい。はっきりとどんな人柄だったのかとか、その後どのような人生を歩まれたのかなどは殆ど知りませんでした。
ただ、ずいぶん年月が経ってから、バラエティー番組に出演されたのを見たことがありました。年齢を重ねると、誰しも変化をするものです。天地真理さんも例外ではありませんでした。それはテレビの中でのやらせの部分もあったかもしれませんが、真理さんの変化に他の出演者は驚愕し嘆き、揶揄していました。世間では色々あまり良くないことも言われていて、ぼんやりそれを見ていた私にとってもそれは強いインパクトがあったと思います。どうしてそうなったのかな?という疑問が残ったまま、その記憶も私の中にずっと残っていました。
私は普段、時間があればほとんど音楽を聴いています。
それだけ聞いていれば、何か他にいいのないかな?と探したくもなるものです。音楽が好きなのでジャンルはあまり問いません。時代を行ったり来たりしているうちに、YouTubeに天地真理さんが出てきたのです。何度も見かけるうちに、昔の記憶がチラチラし始め、関心が出て、ある時聞いてみることにしたのでした。
ヒット曲は、聴いたことのあるメロディが多く、どの動画も本当に可愛く歌声も素敵でした。ちゃんと通して聴くのが初めてだったので新鮮で、もう50年も前の画像なのに、今目の前で歌っているかのように錯覚し引き込まれました。当時の真理さんとその歌声は眩いほどの光を放っていて、本当に天使の様でした。昔の人は歌がとても上手で感心します。
そうこうするうち、楽曲もシリアスで、真理さんも少し大人びて、歌う表情に陰りがある動画を見つけました。
気になって進めると、歌う前のシーンで共演者たちが泣いている場面になりました。
私はそこで初めて、真理さんがデビューして6年後に休養していたことを知りました。
真理さんは、今でいうアイドルの走り、武道館コンサートにおいても走り、と言われるくらい当時の人気は爆発的でした。そんな人気の絶頂期ですから、デビューしてから走り続け、疲れてしまったんだと、後からご本人が話しています。トップアイドルの休養とあって、当時はかなり話題になったことでしょう。共演者が心配して泣いているのを見て、真理さんは、周りからとても好かれていたことが分かります。
当の本人は淡々としていて、休養前の明るい笑顔はありませんでした。陰りのあるその表情とシリアスな曲調、そしてブルーの衣装が合わさって、なぜかとても心惹かれるものがありました。
その曲が、前々回に書いた「プレイリスト」に出てくる「想い出のセレナーデ」です。歌詞には「いそいそと」というフレーズがあります。この曲は失恋の歌ですが、まだお互いに愛があった頃、女性が恋人のもとへ通う様子を表しているこのフレーズが、昭和の時代を感じさせ、特に印象的で心に残りました。
その動画では、終始笑みがなく、悲しみの浮かぶ表情で歌っています。見ていると、こちらまで少し気持ちが沈み神妙になりました。ところが、歌い終わり曲が止んだ途端、くしゃっと明るい笑みが溢れたのです。ちょっといたずらっ子の様な目と、大きく開いた綺麗な口元が、休養前の天地真理さんと変わらずに、見ていた私はそこでも心を掴まれてしまいました。
2年間の休養をしたあとの天地真理さんは、また精力的に活動を開始されましたが、以前の様な人気には届かず、段々と表舞台から消えてゆきます。
結婚し、子どもを授かり、離婚して、次第に生活も苦しくなっていく中で、時折テレビから呼ばれて出るものの、若いころのような透き通る高音はもう出ません。
そんな頃に、あのバラエティ番組にも出演されたのでしょう。なりふり構わずに話し歌う様子を周りから揶揄されても、天地真理さんは全く気にしていない様子です。逆にどこか楽しんでいる節すら見て取れました。
歌唱前には、司会者が心配して、「練習しなくて大丈夫?失敗したらもう一度歌わせてあげようよ」と話す場面がありましたが、真理さんはきっぱりと「そんな!失敗なんてしない」と断言します。
なんだか、周りからバカにしたように言われても、嫌な顔を全くしないで明るく跳ね飛ばし、それでいて歌になると「失敗なんてしない」と言う。その自信はどこから来るのだろうかと不思議でした。
でも、あちこち見たり聴いたり読んだりする内に分かったのです。天地真理さんは幼い頃からクラシックに親しみ、ピアノを弾き、国立音大付属中学•高校の声楽科を卒業して、その後もプロ歌手になるためのレッスンを積んだ人だということが。
天地真理さんは、いつも天真爛漫な笑顔で、その時の精一杯を歌われます。でも実際はそれだけではなくて、歌の基礎をしっかり学んだ実力のある人でした。それはどんなジャンルを歌っても、見事に歌いこなされていることからも分かります。特にフォークソングがお好きとかで、ライブの音源を聞くと胸が晴れ渡るかと思うほどお上手でした。ただ可愛いだけじゃなく、芯のありそれでいて素直で擦れていない純真な人なのだなと思いました。
今でもファン倶楽部の人たちが、真理さんの生活費を一部負担し支えていて、活動も続いているとのこと。
幾らファンでも、50年の歳月が経つ今、そこまでしようと思うには、それ相応の理由が必要です。それだけの魅力が天地真理さんには隠されていて、それがあの素敵な可愛い笑顔に全て表れているように思い、何となく、私はファンの方の気持ちが分かるような気がしました。
それから暫くは、夫と車で出かける時も天地真理さんの歌う曲をかけていました。
ある日、息子が散髪に行くというので、私が車で送っていくことになりました。
いつもの様に私が曲をかけようとすると、「やめて!今、純粋にドライブを楽しんでるんやから」と止められました。行きしは息子の意向を尊重し、音楽無しで行きました。
でもさ、たまの外出だもの。色んな刺激は受けて欲しいし、美しい曲は心の栄養にもなると思うし、と、帰りの車中で曲をかけることにトライすると、察知した息子がまたまた「ちょっ!やめ、、、」と言いかけましたが、続行。
タンタラタンタララン、タラララ、タンタラタンタララン〜♪ とイントロが流れ出し、透き通る天地真理さんの歌声が聴こえてくると、、、険しい表情がサッと消え、耳をそばだて始めているのが分かりました。
窓の外をみていましたが、表情は和らぎ、心が動いているのが分かります。
息子は耳障りの良い女性アーティストの曲が好きです。New jeansや宇多田ヒカルなど。それはやっぱり聴覚過敏の影響もあるかもしれません。なので、天地真理さんはきっと大丈夫と、そう思えたのです。
最後まで静かに聴き終えたので印象を聞いてみました。
「よくある昭和の歌」だそうです。
でも良い歌でしょ?と聞くと「そうやな、上手やな」と。
そこで、ここに書いたような私が天地真理さんにハマった流れを話しました。その話を最後までさえぎることなく興味深そうに聞いていました。
天地真理さんの歌声は、ささくれだった息子の心にも浸透し、鎮める力さえも持っていたようです。
数少ない外出に、また一つ息子の内面に届き、心を動かすものを手渡せた。そんな気がして私は満足でした。
私が天地真理さんに惹かれるのにはもう一つ理由があります。
屈託のない無邪気でいたずらっ子の子ども様な笑顔と人柄が、私の母に似ているのです。
母は認知症で入退院を繰り返していますが、私たちのことをどこまで分かっているのかわからない状態でも、時折ズッコけるような冗談を言い、その時は昔から変わらぬ茶目っ気たっぷりの表情をしています。そして時々、しっかりしていた時と変わらぬ気遣いのある言葉を口にしたりします。
そして、一日中身動きが自分で取れなくても、静かに耐えていて、決して人に当たったりしません。どんな時も人を傷つけるようなことも口にはしないのです。
普段は離れているので、しょっちゅう会うことはできませんが、天地真理さんを見ていると、その母を思い出します。
その、天地真理さんが、母に代わり、息子の心にも一時慰みをくれた様な気がしたのでした。
天地真理さんには、いつまでもお元気でお過ごしいただきたいと願うばかりです。