きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

振り返る、息子との攻防期。

私にとって、息子はこれまで療育で関わってきたどんなお子さんたちよりも一番手強く、難解だ。

 

それは本人の持つものと、親子だという関係性の、両方が絡んでいるからなのだろう。

だからこそ、長らく「第三者の介入」を望んできた。

私自身は、悩み困っている親御さんや子ども本人、そして学校の先生方にとっての第三者として介入を続けている。

「第三者の介入」は、とても難しいことだ。

私は私がするように、息子にとっても上手く介入し導く第三者が現れるのを待っているが、なかなかそんな人は現れない。

 

 

さて、そんな息子とは昨年末から年明けにかけ、大きな局面を迎えていた。その事は、以前記事にも書いた通り。

恐らくこの大きな局面は、傍から見れば深刻に映ることだろう。確かに深刻な場面であり、絶望すら感じさせるものであったことは否めない。

自我バウンダリーの問題を持ち、モラトリアムで、引きこもり状態にある者を精神面でも身体面でも支え介入し成長を促して外界に繋ぎ押し出していくというのは、それほど大変だということだ。

ただ、私は、大きなハレーションによって、事態も大きく動いたことには違いがなく、これ自体、何か大きなもの(他力)の力が働いたなと、感じざるをえなかった。

 

大きなものの力によって、それまで強硬に惰性で走っていたレールが、ガッチャンと違うレールに切り替わる感覚。

これによって、息子の抵抗により長く親子間でしか行き来できなかったものが、病院や行政などの外部と繋がり、息子自身が、自らコンタクトを取ることの必要性を再認識し、動きだすきっかけとなっていった。

それは、ある意味親子の断絶をイメージさせるものでもあった。

モラトリアムの息子が、親の力を借りず、1人の大人として、今後の人生を進む為の覚悟を促す役割であるから、ライオンが子供を崖から突き落とすような、そんな荒療治のようなものかもしれない。

荒療治は、自閉スペクトラム症を持つ子どもには、随所で必要となる場面がある。

それは、「絡み行動」と呼ばれる、対象への執着や依存を断ち切り、自分の足で立ち、歩くことを後押しすることが必要な場面だ。

小さい時には小さい時なりの、大きくなってからは大きくなってからの、後押しすることが必要な場面が随所であるのが自閉スペクトラム症の一つの特徴でもある。

年末年始の大きな局面も、その一つだったと私は捉えている。

この出来事により、何とか親にしがみつくことでこれからも生きていこうとする強固な想いをバリバリと私から剥がし、彼は何歩も外の世界へ足を向けることになった。

それは私への想いを諦める工程でもある。

しかし、当然ながら、大人と大人としての心理的距離は取るが、赤の他人になるわけではない。

当たり前だが、一般的な親子の距離感になるだけのことである。

 

暫く息子との間には大きな隔たりが存在していた。

言葉という言葉を交わさない日々が続いた。

時折話しかけてくるが、精神的な状態も悪く、記憶も怪しく、その瞬間、瞬間で、ガラリとパーソナリティが変わる。

ストレスに弱いところも特徴的である。

一旦、バン!と依存心を打ち切ったように見えても、どこかで火種は残っていて、ブスブスと燃えだしそうな片鱗が見え隠れしていた。

そんな時、私の意向を確かめるように、色んな形で絡み行動をしかけてくるのだ。

その度に、投げられた球の打ち返し方を吟味する。

絡み行動が行われる時には、対象者が投げられた球を打ち返さなければ、打ち返すまで更に執拗に迫るというのも明らかで、そんな時にはガンとして打ち返さないことで、諦めてもらい、諦め落ち着いた後に「さっきのことだけど」と答えるということも応用行動分析学としてはよくいわれているところであるが、大きな局面後の息子からの色んな形での絡み行動とも言える執拗な私への働きかけは、それ自体に何重もの意味が持たされているように思えた。

揺れ動く自分の気持ちとの向き合い方。

湧き上がる感情のコントロールの仕方。

他者とのコミュニケーションのより良い方法。

これからの、自分の居場所の確認。

家族の在り方、、、。

 

自閉スペクトラム症の息子は、自分では掴みにくいことだけに、何とか糸口を掴みたくて、自分なりに思案し、アウトプットをしているのだろうが、その一つ一つが攻撃的な為、即座にはその奥に隠れている本意に気づくことが難しくタイムラグができる。

その場でよい返球ができれば良いのだが、長年のパターンを変えるには、こちらにもかなりの負荷がかかる。頭の中を総入れ替えするくらいに、フル回転しなければ、変化していくことはできない。

 

普通なら、とっくに嫌気が差して投げ出してしまうようなことだろう。実際に夫からもそう言われている。だけれど、それは出来ない。

何故なら、我が子だから。

 

彼の苦しい境地を母として嫌と言うほど分かるからこそ、どんなに腹が立っても、また次の朝には、モードが変わった息子の別人のように打って変わった話しかけに、また応じることができるのだろう。

しかし、それが当たり前ではないことも知ってもらわなくてはならない。

人には気持ちというものがあり、その気持ちが尽きてしまえば終わる関係性の方が多いということを。

 

この頃になると、子どもの頃は内省が難しかった息子にも、その片鱗が見られるようになった。

次の日に別人の様にモードが変わると表現したが、少し前の低迷していた時のそれは、明らかに記憶の怪しさと気分の変化からくる様子だと感じた。少し前の自分が、どんな悪態をついたか、すでに忘れていて、しかも相手がどんな気持ちになっているかを想像する力の欠如のなせる技だった。

だが、息子と「対話」を続ける内に、徐々に内省へと移行していったのだ。

どこでそれが分かるかというと、私に吹っかけた話が煮詰まると、自分から部屋に退散するようになり、次に出てきた時には、明らかに反省したかのようなモードから始める様子が見られだしたからだった。

記憶の怪しさと他人の気持ちを想像する力の欠如からくるモードの変換の様子と、反省からくる様子と、どこに違いがあるのかというと、謝ってくるといったわかりやすい態度は無いが、話の流れに若干連続性が見られるのと、こちらの様子を伺う表情が感じられる点があり、改善したところから始まるからだ。

部屋に一旦帰り、また出直してくることで、クールダウンし、行動のやり直しといえるものを自分で行っている感がある。

これは今までには無かったことで、大きな変化だった。

 

彼と、光の見えない「対話」を繰り返す中、この変化が出てきたたことで、私も新たに掴んだことがあった。

 

それは、彼がコミュニケーションを取ろうと努力しだしているということ。

それが今はまだ、家族の至らないところの指摘であったり、苦情であったり、それについての指図といった形ではあるものの、その奥では、「自分の意向」や「提案」を伝え、「理解されたい」という気持ちから来ていることを。

 

だとすれば、表し方が良くない為に、理解されず意向も提案も通らないのでは、本人とすれば「なんで?」という憤りでしかないことになり、それが息子自身にとって最大の困難なんだと知ってもらわなくてはならない。

だからこそ、理解されたい時には理解されやすいように働きかける工夫をしなければならないことや、その方法を練習して身につけることができれば、自分も相手も楽になるのだ。

長年、それをあの手この手で伝え続けてきたが、今やっと、ストンと腹に落ち始めている。

それはやはり、私と息子を取り巻く環境に少しずつ第三者が関わりだしたからに他ならない。

そして息子も、やはり成長していて、長いトンネルの中を歩き続けながら、理性や知性、そして心が育っているのだろう。

この、他者から見れば難解な攻防でしかないような会話は、実のところ心の肥料にもなっている。というか、肥料になることを想定し根気強く続けている。

ただの悪いスパイラルに落ちていくのではなく、衝突もそのあとの説明も和解も、全てが理性、知性、心を揺り動かす刺激であり、その刺激があるからこそ思考が進み、次のステップへと移行する。その繰り返しが心を育てる。

移行しながら良いスパイラルに入り、知らず知らずの内に上昇していくように促している。

が、息子が聞いたら、俺は自分で成長している、ということだろう(笑)

 

自分の意向が理解され、通る為には、相手の気持ちを考えることと、段階を踏んだ話しかけのスキルが必要だ。ということに、気づき始めていて、引き続き私を使って、もっか練習中である。

 

がんばれ、息子。

 

ラピュタみたいな雲)