きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

3回目の誕生日。

9月は私のはてなブロガーとしての誕生月です。

 

先日はてなブログさんから通知をいただきまして、丸3年経ったことを知りました。

 

正直なところ、まだ2年くらいだろうと思っていました。この頃は更新も気ままですしね。

開始当初は激務にも関わらず、なるべく毎日更新していました。あの頃は特にショートスリーパーで動いていたので、それでも全然大丈夫でした。

それよりも、日々のきらめきで胸がいっぱいで、アウトプットしなれば苦しいほどでしたから、こんなきらめきを感じたんだよ、と世に出す場を得ることができて非常に嬉しかったことを覚えています。

一見クールに見える私が、実はこんな風に感じたり考えたりしていることを、私を知る人が知ったら、驚く人もいるかもしれません。

いや、ややこしい長文を見て、ああ、やっぱりそのままだ、と思う人もいるかもしれませんが(笑)

 

書き続けるというのは簡単ではありませんね。

私の心には、当然きらめきだけが、詰まっているわけではありません。

書き続ける内に、自閉症を初め、障害をもった子どもたちへの想いも溢れれば、それを取り巻く環境への憂いも顔を覗かせます。困っているご家族の、少しでも手助けになればとの祈りも込めて、障害特性について、支援法について、書き伝えたい、との想いにも駆られます。自動的に、それらの想いは我が家族遍歴にも向けられますし、それを通して誰かのお役に立てれば、とも考えたり。

何にせよ、ただ方法を見聞きしただけでは実際に役には立たないのが現実。

思考の道筋も辿れるように、との想いを込めて、あえて長文に向き合っております。

人の心は深すぎて、行き止まりなどということはなく、掘れば掘るほど湧く泉のように、ネタがないと思っても、人と会い、自然に触れ、生き物を観察するだけでも五感が刺激され、奥深くに眠っていたものが揺り起こされて現れだします。

その時々で、何が出てくるかはその時になってみないと分かりませんね。

書き続けるからこそ、奇跡的に見つけることができるものなのかもしれません。

 

そして、そこに新たな刺激や考察を下さる方たちの存在も忘れることはできません。

私はどんな人にも人生があり、その人生の旅、歴史に高い関心を持っています。

それは老若男女問いません。

現実世界では深く踏み込めない他者の世界をブログの世界では知ることができます。

それが何より私には魅力的に思えます。

皆さんの内深くから湧き出る泉に触れることは、私にとっても考察を深くし、これから先を歩む道しるべとなるのでしょう。

勝手にお邪魔しているにも関わらず、懐深くそれを受け入れ赦して下さる皆さんには感謝です。

 

そんな折り、交流させていただいている宵闇の夜(id:yoiyaminoyoru)さんのブログ「ドーナツホールから見える宵闇」もまた、同じ9月に丸3年を迎えられたと知りました。

私が5日で、宵闇さんが8日です。

なんと奇遇なと、ほくそ笑んでおります。

もし私だけならこんなこと書かないのですけれどね。

 

この場を借りて、私たち

 

3回目の誕生日おめでとう!