きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

神様のいたずら。

私は探し物の名人。

誰かが何度も探し回り、見つからない!と焦っているのをみていて、ピン!と来た場所を探すと、大抵そこで見つけることができる。

多くがアッと驚く場所であることが多い。

棚の後ろとか、戸棚の中とか、箱の中など。

 

みんなが右往左往して探し回っている間、私は事務仕事などに追われ、じーっと机にいて関知していないように見えるのに、急に動き出してガッ!!と棚をどけ、しゃがんだかと思うと

「はい、ありました」

と差し出すものだから、どういうこと?と驚かれることが多い。

それは自宅でも、職場でも。

 

どうして見つけられるかというと、その人の行動ルートやパターンを知っているから。

よく知らない相手であっても、どこからどう歩いて行動した?と聞けばだいたい検討がつく。

何か探してるな〜と思ったら、

「何を探してます?」と聞く。

「次にどういう行動をしました?」と聞く。

あとは、ふむふむ、と自分の仕事をしながら、別の頭で室内を上から俯瞰した映像を思い浮かべ、リサーチをする。その人がドアから入り、行動した通りの姿を、過去に遡って再生する(想像で)。

すると、ここだな、とピンとくる場所が出てくるのだ。

 

例えばうちの夫は左手の意識が薄いところがある。器用だからこそ、勝手に手が動くとも言える。効率を重んじるがばかりに素早く行動する為、左手が物を置く時にはもう顔は進行方向を向いていて、目は左手が物を手放すところを見ていないことが多い。

そんな時は彼が通ってきたルートをもう一度辿り、左手が置きそうな場所を探す。

左側の書類に埋もれているとか、左手を置いた箱の中にあるとか、時に、そこから滑り落ちて隙間に入っていることもある。

そういう特徴を考えて、行動する姿を思い浮かべた時、可能性のある場所が浮かび上がってくるのだ。

言ってみれば、プロファイリングのようなもの。

 

昔から、そんなことが出来ていたわけでは無かった。

若い頃はおっちょこちょいで、ちょくちょく物を落としたり失くしたりしていた。

20歳頃に、職場の人たちと車で遠出していて、途中の高速道路のサービスエリアで車から降りた際、膝の上に置いていた財布のことを忘れて立った為、車外に財布が落ち、そのことに気付かないまま移動して、帰宅してから気づいた、ということがあった。

隣の職場の先輩の声かけで企画されたお出かけだったからか、2日後、その先輩が何故か責任を感じ、私の持っていた財布の色違いを購入し、プレゼントしてくれた。同じ色がなかったからと。

これには甚く恐縮した。なぜその人が自腹を切らなくてはならなかったのか。落としたのは私なのにと。

実のところを言えば、その数ヶ月前にも財布を落とし、買い替えたばかりだった。

ついでに言えば、先輩が新たな財布をプレゼントしてくれた数日後、警察から連絡があり、拾ってくれた人がいたらしく、無事に財布は手元に戻ってきたのだった。

義理に厚い先輩の心遣いと、申し訳なさと、自分の至らなさが、身に染みて、もう落とし物、失くし物は絶対にしない!と決意し、それからは持っていた物をどこかに置く時には、置く瞬間をしっかり自分の目に映し、

「はい、置きました!」と呟くように自分に課した。

それから数十年経った今も、呟きこそしないが、瞬間的に目にしっかり焼き付ける、ということは心がけていて、その甲斐あって、それ以来ほぼ落とし物、失くし物をしていない。

その経験から、ふとした瞬間的に、人は、「置いた」という行為が意識から滑り落ち、記憶から消えて、物が無くなった!と動転すると悟った。

だから大概が、行動パターンやルートを探せば見つかるのである。

 

ところが、そんな風に日頃から自分に課して気をつけているにも関わらず、物が見つからない時がたまに出てくる。

よく使うポシェットなどに入れていたはずのメガネやリップだ。

絶対使うメガネとリップなどは、あちこち置いて忘れると困るので、帰宅したらすぐポシェットの中かポケットに入れる。

リップもそうだ。リップに至っては、忘れると出先で購入する羽目になるので、対策として室内用、お出かけ用と2つ用意し、常にカバンに入れている。

にも関わらず、時々見当たらなくなるのだ。

ポケットも、中も、手を入れて、目でも確認して、隅々まで何度も何度も探すのに見つからず、仕方なく周囲を探すがそれでも無く、時間に追われて渋々出かける。

出かけている間ずっと、あるはずの物が無いことが気にかかる。

そして、用事を終え、帰路につく頃、または家についてから、ふとポシェットの中やポケットを見ると、散々探したはずのメガネやリップがひょっこりと現れる。

これほど不思議なことはない。

 

は?どういうこと?

と目が点になり、手が止まり、時間も止まる。

 

ポシェットは、そんな大きな物ではない。せいぜい長財布が入る程度のものだ。それなのに、あれほどひっくり返してまで探して見つからないのに、後でいとも簡単にひょっこり見つかるとは。

 

こういうことは、1回だけではない。

忘れた頃にまたやってくるのだ。

「でた。まただ。」

そう思うのだが、絶対とも言い切れない。

だから、いつも必需品なので探すのだけれど、そういう時は探しても無駄だと最近は探すのを止めて出かけるようになった。

 

まただ。また神様のいたずらだ、、、。

そう諦めて、車に乗り、出かけて帰る頃、

またひょっこりとポシェットの中から姿を現す。。。

 

何の目的があって、神様はこんないたずらをするのだろうか。

 

さて、そんなことを考えていたら、今日になって忽然と姿を消した物があることに気づいた。

それは電池式のストレートアイロン。旅行用に何年も前に買ったものだった。

 

実は今週末から旅行に行くことになっている。

普段、私と息子は一つのストレートアイロンを共有している。というか、息子が勝手に使っている。

くせ毛の私たちにとっては、ストレートアイロンは無くてはならないものだ。しかし、幾つも持っていた物が次々と寿命になり、今使っている物しかない。

私が不在の間、息子はヘアセットが出来なければどこへも出かけられない、ということになりかねない。(買い物と散歩だけだけど)

そういえば、と引き出しをガサゴソしていたら、その電池式を見つけたのだった。

 

ところが電池が切れているらしい。

数日前から電池を買いに出るが、バタバタしていて買えず、ようやく昨日単3電池を購入することができた。

 

今日先ほどになり、ようやく電池を入れようと、置いた場所に目をやると、、、

ない。忽然と消えている。

メガネをかけて探すが無い。

ブッシュマンなみの視力と獣なみの眼力を持つ息子が来て探してくれたが無い。

昨日まであったのに?

電池さえ入れればいいように、蓋も開け、先端が開かないためのキャップもあったのに、丸ごと姿を消している。

狐につままれたようだ。

 

たった一つのストレートアイロンは、息子が置いてゆけと言っている。若しくは俺用を買えと言っている。息子は自分用を持っていたのに同居し始めてから見当たらないらしい。息子の荷物を開けて探してやったが見当たらない。

 

なんでだよ。私のなのに。

息子の為に置いていくのも、息子用を新しく買うのも、おかしな話だ。

だからと言って、今回ばかりは帰宅してひょっこり現れるのを期待する、なんてことも出来ない!

 

どこに消えたのだろう?もしかしたら何かの拍子に落ちて、ゴミ箱の中にでも入ったのか?そういえば、ガサっと音がしたような?それなら昨日ゴミ出ししちゃったよ?でも落ちてたのは箸箱だったけどな、、、(台所に置いていた)。

 

今度ばかりは絶対絶命?

 

ああ、神様。いたずらしないで返して下さい。

 

いや、もしかしたら、、、

神様だと思っていたら、

 

実は、

お狐さまだったりして?

 

そういえば、先日17時を過ぎたお寺に散策に行った時、そこにお稲荷様もあったっけ。時間的に、嫌な予感がして、避けて通ってしまった。

もしかして、油揚げお供えしなかったから?

 

摩訶不思議だ。