きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

誰も予想しない人生の到達点。

ある日、友達だった友達が地球人を卒業した。

1人で卒業のセレモニーを行い、卒業していった。これからは宇宙生命体エネルギーとして生きるのだそうだ。

 

誰が小学生の時に、将来地球人を卒業する友達がいると予想できただろうか。

 

私とは、親同士が友達だったと後で分かったというような、腐れ縁の友達だった。

いつも一緒に行動し、あの頃は自他共に認める仲良し、だったと思う。

元より屈託のない愛嬌のある素朴さが好きだった。

試練の多い私のどこか心の拠り所でもあったと思う。

ただ時に、深い話がかみ合わないことが気にかかっていたが、そんなことは埋められる問題だと若かった私は考えていた。

 

高校卒業後は進む道も分かれ、結婚、出産というライフステージも大幅にズレることとなり、このズレが、後に修復のできない溝へと繋がることも、当時は予測など不可能なことだった。

その後、結婚を期に異国の地へと遠く離れた彼女とは、何年かに1度会うだけの関係となった。

彼女は、元より広かった交友関係を、その愛嬌を武器にどんどん世界へと広げていった。

帰国する度、その国の良さを繰り返し口にし、私にそんなことではダメだ、もっと海外の人に太刀打ちできるようにならなきゃと熱弁した。それは、そのままその人がぶつかった壁だったのだろう。

ある時期は、向こうでは昼の11時頃に、時々話がしたいと打診してきたこともあった。日本語を話したいからと。その頃から彼女の内には葛藤が渦巻いていると感じていた。しかしその時間は日本時間で夜の23時すぎ。子供がいて、次の日も仕事の私にはオンラインで話す空間もなく難しい提案だった。

日本に帰りたくても思うようには帰れず、日本語を喋りたくても相手が多くいない土地で、日本への哀愁に押しつぶされそうになっていたのだろう。

ホームパーティが行われた後は誰も片付けは手伝わず、ゴミは散乱していると嘆いていた。その頃からだろうか、街や海岸沿いのゴミ拾いをするようになったのは。

そうこうする内、オンラインで各地の日本人と繋がりを得て、どんどん理解の及ばぬ世界へと進んでいった。

 

一見華があり、常に楽しそうに見える彼女は、その笑顔の裏で、言葉の壁にぶつかり、人種の壁にぶつかり、文化の壁にぶつかって、心中は孤独で、藻掻き苦しんでいたに違いない。

文化の違いや人種差別には憤りを募らせていたのだろうと思う。ある日それは怒りとなって噴出していた。

子どもはまだ小さく、思うように身動きできず、多くの壁に囲まれて、そこから這い出ることばかりが心を渦巻いていたのではないかと思う。

年齢的にも誰もが1度は経験するミッドライフ•クライシスの壁の前で、行く手を阻まれ立ち往生していたに違いない。

自分とは何か。何の為に生まれ、何の為に生きるのか、、、。自分探しの深い海に沈んだその人は、必死に自分が何者であるかを掴もうとしていた。

後々知り合った人々は、何者であるかを見つける旅の羅針盤のように振る舞い、心に穴があいた彼女を先導していった。

もっと力を抜け、もっと自然に、もっと型を破れ、と囁いた。

しかし、もっと力を抜こうと思えば思うほど力が入り、もっと自然にとすればするほど滑稽になる。型を破ろうとすればするほど、型にはまる。

何者にもならないと、足掻けば足掻くほど、何者にもならない何者かにならなければという強迫観念に駆られる。

ネットの繋がりの人々は、そんな彼女に「いいね!」しか言わない。

いつしか、そんな人たちの「いいね」を信じ、承認欲求の塊へと変貌を遂げていく。これではまるでその人たちにいいように操られるマリオネットだ。

昔からの友達たちは、自分の生活に必死で誰も真剣には取り合うことをしない。

「黙ってその人の選択を見守り応援するのが友達」だと、大人な同級生たちは嘯いていた。果たしてそうなのだろうか?

日本人特有の、困っている人に寄り添う風の振る舞いはしても、それ以上でもそれ以下でもない。他者の問題に真正面から向き合おうとする者などいない。それどころか、その人が自分で選んだ道なのだから、尊重せよと言うことだろう。

それで彼女がより良い答えを見つけ、自分の選択に心から納得し余生を生きていけるのなら私が気にかける問題は何もない。

だが、違和感しか私にはなかった。

 

近年になって彼女の口から聞いたことだが、彼女はグループ内で気まずくなると、そこを抜け出しまた別のグループへと転々と移動していたのだそうだ。

その言葉を聞いて初めて思い当たる節に気づいたが、恐らく他には誰も彼女のその本心を知る者はいないだろう。

責任だの役割だの規範だの、重いものが苦手だった彼女は、部が悪くなるとスルリとそこから抜け出し移動する。その為には、彼女の中で、口実が必要で、その都度新たな「役割」を自分に課して進んでいった。

進む先で、楽しげな姿を付き合いの浅い人々に披露し魅せる。

もっと身軽にもっと、もっと、と脱げば脱ぐほど、自分と自分に課した役割との間に乖離が起こる。

もはや、遠くから見守ることしかできなくなった私が心配している点はそこにあった。

 

人の、奥深くの真意は、些細な日常の場面でのほんの些細な一言に現れている。だけれども、それを聴き逃さずに拾い、しっかりと懐にしまっておく人は少ない。

愛嬌のある笑顔で、素っ頓狂なことを仕出かして、人が笑うようなことをわざとして回る彼女の、人生を自分らしく謳歌し楽しげな表情のその裏に、崖っぷちでどうにもならない悲しさが隠れていることなど、誰も気がつかず、いつものパフォーマンスだと思っていることだろう。

 

とうとう、地球人であることまでも脱ぎ捨ててしまった彼女は、逃避の先に、宇宙生命体エネルギーと化した。

 

次に行き詰まった時、今度はいったい何を脱ぐというのだろう?

 

 

地球人を脱ぎ捨てて、新たな「彼女」になるのなら、、、

お互いに全てをリセットし、また「初めまして」の奇跡は訪れるのだろうか、、。

 

 

それは、神のみぞ知る。