カナダ•アメリカの旅の3日目の朝。
私たちはゆっくり朝ごはんを食べ、ゆっくり身支度をしてから出かけた。
すでに他の宿泊客はみんな先に外出してしまい、時刻は10時半になっていた。
前回の記事にも書いたが、カナダとアメリカ間の国境ゲートは、早朝深夜は空いているが、10時頃になると混み合ってくるようだ。
そんなこととは露知らず、呑気にマスタングで出発しカジノを前方に眺めながらレインボーブリッジへと進む。
このレインボーブリッジを渡った先にアメリカへの入国検閲所がある。
ここで、すでに10時50分。
そうだ!この時刻はすでに検閲で渋滞になっているんだった!と気づいた。
案の定車は停滞し、橋の中ごろで完全に止まってしまった。
前日、運が悪ければ通過に1時間半かかることもある、と書かれた記事を目にしていた為、青ざめる。
もしそうなっても、ここを通るしか道がないのだから仕方がないと、早々に気持ちを切り替えた。右をみればナイアガラの滝の水しぶきが上がっているのが見える。頭上には白い気球。カナダだからなのか、秋だからなのか、高く澄み渡った青空。
渋滞だって全然へっちゃらなほど気持ちがいい。これを楽しむ時間だと思えばいいのだ。
時々のろりのろりと車の列が進む。
そうこうするうち、どこからともなく、楽器の演奏が聞こえてきた。この音色、聞き覚えがある。
段々後ろから近づいてくる。
うん、そうだ。これはバグパイプだ。どうもこの橋を渡ってくるみたい。徒歩でも渡れる国境とはいえ、なんだかおかしい。
その内に、私たちの乗るマスタングのすぐ右後ろから、音の主が現れ出した。
なんと行進が行われている!
音はやはりバグパイプ。初めて生で聴いた。子どもの頃から大好きなバグパイプの音が聴けて興奮する。
生で聴いたこともなかったのに、なぜ好きだったかというと、子どもの頃に大好きだったアニメ キャンディキャンディで、アンソニーがスコットランドの正装をして、このバグパイプを吹きながら現れるというシーンがあり、それがとても印象的だったから。
この行列の中でバグパイプを吹く人も正装をしている。カナダなのに、なぜスコットランドの正装なのか。北米にはスコットランド系の移民も多いからなのかもしれない。
行進の先頭が過ぎると、次の集団の先頭に聖火のトーチを持つ人が現れた。
夫が、先導する車に「TORCH RUN」「SPECIAL OLYMPIC ONTARIO」と書かれていることに気づく。

SPECIAL OLYMPIC?
それって何だろう?パラリンピックなら知っているが、スペシャルオリンピックは知らない。
だけど、この聖火のトーチを持っているのがやけに気にかかった。絶対、何か意味がある気がすると。


そして、何やら反対側のグレーのTシャツの集団と、橋の中央で集まり盛り上がっている。

残念なことに、カメラマンの男性の向こうで何が行われているのかはっきり見えないまま、この場を後にすることになったが、その後もこの光景が私の頭の中から離れない。
何か特別なものに出逢ったことだけが確かだった。

空には気球。
道路には警察のバイクが綺麗に並べられている。

このイベントが、なんだったのかが分かったのは、実は帰国して6日が経った昨日のことだった。
突き止めるのになかなか苦戦したのだが、まず、このイベントは、
「The Lt. Zell Badges on the Border International Memorial Torch Run(ゼル中尉のバッジ・オン・ザ・ボーダー国際メモリアルトーチラン)」といわれる
「International Law Enforcement Torch Run (国際法執行機関トーチラン)」
というものだったことが分かった(日本語訳なので、これで正解かは分からないけど)
アメリカとカナダの法執行機関(いわゆる警察)と、それぞれのスペシャルオリンピックの選手たちが、国境を越え、レインボーブリッジの真ん中で、カナダ側から来た団体と合流して聖火台に共に火を灯すという合同イベントらしい。
この、2つの国が国境を越え、希望の炎を虹の橋の真ん中で、共に力を合わせて聖火台に灯すということが「団結」「強さ」そして「インクルージョン革命」の力の象徴となっているそうだ。
ゼル中尉というのは、このスペシャルオリンピックの活動を精力的に支援していた人の名前だとか、
アメリカとカナダでは、この法執行機関がスペシャルオリンピックを支援しているようだ。
AI を使ってアメリカ側とカナダ側の情報を色々調べてみたけれど、毎年行われているイベントかどうかは、ハッキリとした情報が少ないので分からない。
その毎年行われているかどうかわからない、もし行われていたとしても、年に1度、9時すぎにアメリカはナイアガラ水族館前から出発し、各地点を廻り、11時すぎに国境を越えたレインボーブリッジの真ん中で、聖火台に着火する、ほんの10分ほどのタイミングに、遭遇するなんて、あまりにも奇跡的ではないか。
先程載せたこの写真。

カメラマンが被っていてどんなシーンなのか分からなかったが、調べていて、正にそれがアメリカとカナダのトーチから聖火台に炎が移される瞬間を撮っていたと分かった。
(中央で赤い梯子に上って着火しているようだ)
そして、私はこちらも知らなかったのだが、「スペシャルオリンピック」というのは、ジョン・F・ケネディの妹、ユニス•ケネディ•シュライバーが1962年に立ち上げた「知的障がいを待つ人々のオリンピック」のことだと分かった。
私は知的障がいや自閉症、ADHDの子どもたちに運動療育を行うのが仕事だ。
発語も無く、床に置かれた1本の縄すら飛び越えることができない、思うように動かない体に入っていた子どもたちが、自由に動く体を手に入れ、私たちを遥かに超えた能力を発揮する。
その過程で考察していることが、パラリンピック研究会が出されている次の内容と非常に共感できる部分が多く、興味深い。
関心のある方はどうぞお目を通してみてください。
https://share.google/6mGp1jOASoc2yeUDe
何気なくこのナイアガラを訪れ、何も知らずに国境を越える渋滞にハマり、僅か10分ほどの間に、こんな貴重なイベントに遭遇するとは。
これもまた、何かのご褒美なのだろうか。
こんな瞬間に立ち会えたことが僥倖だ。