きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

オーブが見える家。

これは家探しの途中で出会った1軒の家のお話です。

 

その頃私たちは、これから住む家を探し、対象地域を広範囲に広げ、可能性を探っていました。

南海トラフを考慮して、夫の会社から今住む家を結ぶ縦のライン上で段々北上させながら地域を広げて探し、少しでもいいなと思えば見学をしていました。

家がとても良くても会社までがちょっと遠すぎたり、便利だけど窮屈そうだったり、なかなか、これ!と決断に至る物件がなく、横に地域を広げてみようかとなりました。

 

そんな時、夫が、ネットで私が小学生の頃に住んでいた地域で気になる家を見つけました。サイトに出てくる写真では、2階の窓からの視界が拓け、ずっと山々が見渡せる光景が映っていました。

サーッと風が吹き抜けるような爽やかな写真でした。

夫はそういった風景が好きです。

写真を見る限り、そういった場所は不便だったり不安定だったり、私からはちょっと不安も感じさせるところがあります。

見学に行きたいとのことで、その家の他の写真も確認しましたが、ちょっと昭和の香りがします。気が進みません。

でもね、こういうことって、どちらかが見たいと言えば、取り敢えず見たり試したりしたほうが結果的にいいと最近思います。

見もしないで反対したら、気になっている方はいつまでもずっと心に残って、やがてそれがわだかまりになりかねないからです。なので、

「はい、行ってみましょう」

ということで、予約を取り、出かけることにしました。

そこは、国道を挟み、両側にそう高くはない山があり、向き合う斜面に住宅地が広がる地区でした。

左側には私が通っていた小学校がありました。その辺りに住む友達の家は今でも何軒か覚えています。

でも、右側の斜面に立ち並ぶ住宅地から、山を下りてやってくる友達たちの家には行ったことがありませんでした。そちら側へは足を踏み入れたことも無かったのです。

約40年も経って初めて入るその地域は、想像よりもこじんまりして、どこか廃れていく町の翳りが漂いました。

目的の家を探して進んでいくと、どうやら横並びの隣の地域だったようで、更に山の斜面を横に進みました。

するとニアピンのように曲がる細い坂に差し掛かり、慎重にゆっくり車で下りました。

そのニアピンの坂が曲がり下る途中で、もう1本真ん中に登る坂が現れました。車が1台通れるかも分からないような坂です。丁度三股になるような感じです。その真ん中の坂の根元に1軒の家が在りました。

真ん中の坂だけでも狭くても細いのに、まだ更にその入り口の横に家が建っているのです。真ん中の坂と下の坂との間、といえばイメージがつくでしょうか。

その、真ん中の坂と下の坂の間の狭い土地に、車1台分停められるスペースがあり、その後ろの奥まったところに家が建っているのです。

車を頭から停めたら、今度出る時はお尻から出なければなりません。転回させるスペースなどはないからです。

よく、こんな場所に家が建てられたなぁ、、、。

これだけで、私の中では却下でした。

いや、絶対無理。と。

家を見上げると、写真にあった2階の窓と小さなベランダがありました。あの山が見渡せる窓です。

ええ、写真から私は読み取り分かっていました。なんと、そのベランダは土地からせり出した形で出ているのです。ベランダが崩れたら、そのまま坂の下まで真っ逆さまです。非常に不安定に見えました。

2度目の却下です。

それでも夫は嬉しそうです。人里離れたところの方が夫は好きなのです。なんなら山奥の一軒家でも良いらしいです。そんな夫からすれば、山しか見えない、なんならせり出したベランダは、山と自分だけしかないくらいの一体感に包まれる感覚で嬉しいのかもしれません。

とにかく家に入ろうよ、と誘ってくれました(汗)

そこへ、この物件の担当の不動産やさんが到着しました。若くて綺麗な女性でした。

やはりお年頃は26歳ごろ。それでもどこか自信に満ちています。どうやら大手の会社のようです。

そんな大手の不動産やさんのうら若き女性営業マンが、こんな(失礼)寂れゆく町の小さな小さな斜面に建つ家を担当し、お客さんを案内するために真っ暗な中に入り、雨戸を開けて回らなければならないのかと、少し複雑な気持ちがしました。

さて、私たちは車を停めたスペースから、小さな門を通り、小さな猫の額程の三角の庭へ足を踏み入れようとした時でした。

何かその庭に感じるものがあるのです。門から入るのを躊躇いました。

おかしいのです。

何ヶ月も住む人がいない割に、その猫の額ほどの庭が、今まさに誰かが住んでいて、毎朝たっぷり水をあげているかのように草木がみずみずしいのです。

青々とした芝。綺麗に手入れされているかのような花壇。草花の一株一株の間は適度に空けられ、雑草がありません。玄関横の小さな窓の前の植木は、細いながらもたおやかに生き生きと立ち、風に揺れています。

そこに立つだけで、何か温かいものを感じるのです。

その日は曇りがちで薄暗いにも関わらず、そこだけ陽だまりのような明るさを感じました。

気のせいかな、、、と思い直し、その女性担当者と夫から遅れながら、小さな玄関に入りました。

土地が狭いのですから、当然ですが、幅の狭い玄関です。ただ、外観からは想像していなかった吹き抜けの小綺麗な玄関と奥に続く廊下が現れました。

あれ?意外。

凄く細高い吹き抜けでしたが、嫌な感じはありませんでした。

奥の居間にいきました。畳の部屋です。その横には台所。そして浴室。どれも古くコンパクトではありますが、おどろおどろしさはなく、さっぱりと小綺麗で、やはり嫌な感じがありません。

へえ。なんだろう、この感じ。

 

そう思いつつ2階へ上がりました。こじんまりした部屋でした。到底私たちの荷物は入りません。ただ、そこに佇み、窓から外の風景を眺めている分には、どことなく懐かしさがこみ上げるような、独特な感覚がありました。後ろを向いて、室内を眺めました。

薄暗い部屋の床を眺めていると、なんだかそこに住んでおられたご家族が、仲睦まじく暮していた姿が映像となって、脳裏に浮かびあがってくるような感覚がありました。

夫は嬉しそうに外を眺めています。

 

え?有りなのか?ここ?、、と一瞬考えてしまいました。

いや、、、無い無い。無いよ。

現実的にそこは無理です。

そこで、幸せに暮していた家族があったとしても、私には無理でした。

でも40年前だったらどうだったでしょう。まだそこは新興住宅地。少し華があり、羨ましいなと眺めていた地域です。周りの家もその家も新しく、子どもたちも大勢育ち、活気のある時代だったに違いありません。

小さなその家も、昭和の時代では充分な素敵な家だったろうなと思いました。

 

それから時間が経ち、時代も移り変わってしまいました。

 

私の様子から、夫は察しているようでした。

自信家の女性担当者は「全然構いませんので、無ければ無いで遠慮無く言ってください。大丈夫です」と畳み掛けました。

「そうですね。すいません。ちょっと無いかな」

「わかりました」

と話し、3人でまた玄関まで下り、外に出ました。

もう夕方。相変わらずパッとしない天気でした。

猫の額ほどの庭で、3人で立ち話をしました。

その間にも、私の違和感は消えません。一人キョロキョロ見渡し、おかしいよね、と考えます。

会話が止まり、間が空いた時、

「あの、おかしいなとさっきから思ってて、、、」

と切り出してみました。

「家の中も思ったより嫌な感じはしなかったんですけど、この庭、、、」

「なんかここだけやけにみずみずしくて、手入れがされている気がして」

「この芝生は人工ですか?」

と聞いてみました。

「ああ、これは人工です」と担当者。

「なるほど、芝は人工ですね。やけに青々としてるから、そうかなと。じゃあ、芝は人工だけど、それ以外にも花壇の草花も、その細い植木も、みんな生き生きとしていませんか?何かここに温かな愛情みたいな光を感じるんですけど」と話しました。

 

それを聞いた担当者が

「あぁ、、、感じましたか。この庭、ここに住まわれていた方がとても大切にされていたんです。なんでも、花壇には息子さんたちが子どもの頃から一緒にお花を植えたりしてきた思い出の庭だそうで。とても大事にしているとお母さんが話しておられました。お歳になったので、下の便利なところに移られたのですが、今でも娘さんが時々やってきては手入れをしておられるんですよ」

と話してくれました。

 

そうだったんだ、、、。どおりで、、、。

さっきから感じる温かな陽だまりのような感覚は、ここに残存する親子の想いだったんだ、、、。

家を出てまでも尚、手入れにくるほど大切にされている。ここの草花や植木たちがそれを物語っていた、、、。

疑り深い私ですが、その担当者の話が作り話ではないことくらいは分かりました。逆にひどく納得もいくことができました。

夫も、「僕もさっきからなんか温かいものを感じていたんだよ」と言っていました。

 

そんなことってあるんだな、、、と、感銘を受け、しばし呆然。

けど、いつまでもそこに居るわけにもいきません。

「すいません、ありがとうございました」と挨拶を交わし、私たちは門を出て、車の元へと歩きだしました。

ドアを開け、乗り込む直前、今聞いたばかりのその親子の話しを思い、もう一度、家の方を振り返りました。

 

小さな門と、小さな家。

その間にある猫の額ほどの小さな庭。

不思議なことに、その庭に、全体を明るく包む大きな光が、ぽわっと玉のように光ってみえる気がしました。

 

春の陽だまりの様な、幸福感が満ち溢れた光でした。

 

見ているこちらの胸の奥まで、じんと温まる、そんな光でした。

 

あの家には、まだそのご家族が住んでいるのかもしれないな、、、。

 

 

なぜだか、ずーっと前に読んだ、東野圭吾

「ナミヤ雑貨店の奇蹟」が思い浮かびました。