季節はそろそろ春に近づきつつありますね。
これから社会に出ていこうとする方に、1つ、お話したいことがあります。
または、ご家族が、長い療養を終え、いよいよ一歩踏み出そうとされているのを支えておられる方にも知っていただきたいことです。
今、不登校の状態にある。もしくは療養などで仕事を休まれている状況にある方。
自宅や居場所で癒され、心のエネルギーが徐々に高まり、少し社会という集団に戻ってみたいな、そんな気持ちが沸々と沸いてくる。そんな芽吹きの時期が来ている方もおられるのではないかと思います。
ただ、休む前の出来事が、また復帰したあとも起きるのではないか。
そんな不安が残っているのも事実でしょう。
それでも、
復帰したい≦不安や怖さ
の時を越えて、
復帰したい≧不安や怖さ
になっているなら、ほんの少しからでいいので、勇気を出して、一歩前に進んでみてください。
一歩踏み出す前というのは、目の前に見えない壁があるように感じることと思います。
この壁が、越えようとすると、余計に高く目の前に立ちはだかるように感じられ、それが怖くてまた後戻りする、という、波に揺れる小舟のように、行きつ戻りつする期間があることでしょう。
でもそれは、自分の心が見せている壁。不安な自分の気持ちが作り出している壁なのです。壁の向こうは、思っているほど怖いばかりの世界ではありません。
越えてしまえば、なんてこと無かった。
世界は自由で楽しいこともいっぱいあった。
なんて、忘れていたことを思い出させてくれることと思います。
ずっと引きこもっていた人なら、短時間からでいいので散歩に出るだけでいい。
学校に行けなかったのなら、ほんの少し入ってみるだけでいい。
学校が無理なら、他の第三者と顔を合わすことができるコミュニティに行ってみるだけでいい。
いきなり仕事はハードルが高いなら、就労施設を利用したり、バイトから始めればいい。
そこは無理をしなくてスモールステップでいいのです。
今日は一歩でも、明日は二歩。
明後日は三歩と少しずつ慣れて進んでいけば、やがて外にいること、社会に参加することに慣れ、楽になります。
ただそこで、1つ心に留めてもらいたいのです。
せっかく勇気を出して社会に出ても、他者の言葉に傷ついて、勇気を挫かれそうになることがあるかもしれません。
きっとそれが、皆さんの気にしていた不安材料の1つでしょう。
他者の言葉に傷ついて、また心や体がシャットダウンしてしまったら、、、。
それが一番の心配であり、不安なのだと思います。
だから、心に留めてもらいたいのです。
「言葉には、複数の意味がある」ということを。
同じ言葉1つとっても、相手の背景やその場の状況、自分との関係性によって、色々な意味合いを持つ言葉に変化することがあります。
第三者に何か言われて、腹が立ったり、ショックを受けたり、悲しくて泣きそうになった時、それを誰かに必ず話すようにしてください。
家族、友達、同僚、また、信頼できそうな先生や会社の先輩。
そういった周りの話やすい人を見つけ、
「今日、こんな風に言われたんだけど、どう思う?」
と聞いてください。
え?そんなこと言われたって、誰に言えばいいか分からない?
そうなんです。いざ相談しようと思っても、迷惑にならないかな、とか、タイミングが掴めなくて、と、結局誰にも言えずに悶々とした気持ちを抱え、それがまた脳の血流を滞らせて、調子の悪さを招きがちです。
なので、予め、バイトに入る、就労施設を利用する、障がい者枠で就職する、また、学校に復帰する、居場所に参加する、となった時には、ちょっとした迷うことや相談をしたい時、「誰に相談したら良いですか?」と聞いておくと安心です。
ご家族も、予め、ちょっとでも困ったことがあったら言ってね、と言っておいてあげることをお勧めします。
また、外から戻った時のご家族の表情を見逃さないようにしてあげてください。
ちょっとした仕草や表情の陰り、声の掠れが見られたら、何気なく話を聞いてあげてください。
そういう意味では、障がい者枠を利用するにしても、利用しないにしても、就職する時には担当者をつけてもらう、または理解者を見つけておいてあげるようにしてあげてください。そうすれば向こうからも聞いてくれるので安心です。
他者の言葉に傷つきやすいタイプの方の中には、ASDやHSPの気質を持っておられる場合もあるかと思います。
その場合、IQなどの知的レベルに問題がない方であっても、言葉の受け取り方が字義通りになりがち、という特性をお持ちの場合があるのです。
よく昔から例えになりがちなエピソードですが、
怒った先生や上司が、
「もうええわ!ちゃんと真面目にしないなら、帰れ!」
と言ったら、本当に「帰れ」と言われたと思って帰った、、、という感じです。
この場合は、「ちゃんと真面目にして欲しい」という先生や上司の気持ちが入っています。「ちゃんと真面目にしないなら帰れ!」とハッパをかけることで、目が覚めて欲しい、その場で「すいません、頑張ります」と行動を変えてくれることを期待しているわけです。
ところがASD気質を持つ方の場合、「帰れ」と言われたから帰らなければいけないと思って帰るわけですね。
HSPの方は、先生や上司の剣幕に必要以上に怖さを感じ、ショックを受けてしまうかもしれません。
その時の先生や上司が置かれていた背景や、その場の状況、気持ちや感情、そして込められた意図を捉え、考えることができたなら、傷ついて帰宅し、もう2度と行くことができない、と打ちのめされなくて良いということになります。
これはあまりにもベタな例なので、実際にはもっと多彩なシチュエーションがあると思います。
誰でもそれまでの過去の出来事や経験から作られた思い込みや偏った認知によって、物事を複数の角度から検討することが難しくなっていることがあります。
それを、誰かに話して相談することで、複数の目で、複数の角度から物事を検討し、自分とは違った視点からの見解をもらえるようになります。
先生や上司から、頭ごなしに怒られた!失礼なことを言われた!と思っていたことが、実は全然違う意味で言われていて、それに気づけば怒る必要などなかった、ということは往々にしてあるものです。
怒ることも、嘆くことも、傷つくこともないようなことに怒り、嘆き、傷つく必要などなかったと分かれば、また明日から今日と同じように、勇気をもって一歩踏み出すことができ、せっかく見つけた職場や居場所を辞めなくて良くなるのです。
この場合、ご家族も、受け取る側の本人が、意味を取り違えやすい、比喩などの分かりにくい表現は、誤解を招くので極力使わないように心掛け、分かりやすい表現で話してあげるようお願いします。
ADHDの気質を持った方なら、特に些細なひと言に激昂しやすいことがあります。
せっかく一歩踏み出したのに、誰にも相談せず、腹を立て、その場で仕事や居場所を辞めてしまえば、それはせっかくのチャンスを捨て、逃してしまうことになります。
職場だけでなく、精神科医の診察や、役所の窓口などで似たようなことが起こり得ます。
せっかく受けられたかもしれない恩恵を、言葉の意味や相手の意図を取り違えることでチャンスを逃すことは、直接不利益を被ることに繋がります。
なので、咄嗟に腹が立っても、静かに深呼吸をして、相手に尋ねて欲しいのです。
「すいません。それってどういった意味だったか教えてもらえますか?」と。
コミュニケーションとは双方で何往復かのやり取りをすることです。
投げかけただけ、投げかけられただけ、ではコミュニケーションとは言えません。
相手が何か言ってきた。
↓
腹が立ったが、それってどういう意味でしたか?と質問する。
↓
相手が質問に対して説明をする。
↓
説明を聞いて、また次に湧いた疑問点について質問する。
↓
相手は、こちらが理解しやすいように更に噛み砕いて説明する。
↓
説明されたことについて意見を述べる。
↓
相手が意見について検討し、返答する。
↓
お互いに理解が深まる。
というように、何往復もして初めて、相手はこちらがどんなことを疑問に思い、理解に入っていないかを掴むことができるのでしょう。
そこで補足が必要なら、また違った説明の方法を試みたり、かみ砕いたりして伝えようとしてくれるはずです。
補足されることで、こちらも最初の受け取りでは分からなかった点について理解することができますね。
繰り返すことで、お互いの認識のズレを縮め、相互理解に近づくことができるのです。
コミュニケーションとは、何往復もして、お互いが理解を深めていくことなのです。
また、すぐに沸点に達してしまうタイプの方に多いのは、相手は自分の考えや気持ちを分かっているはず、だと思い込んでいることです。
相手と自分は、全くの別人であり、別人格です。
こちらの頭の中で理解していたことや、心の中で思っていることを、テレパシーでもない限り、全くの別人の相手が知っているわけがありません。
知っている、と思い込んでいるから、なぜ分からないんだ!と腹が立つわけです。なんでそんなこと言うの、と悲しくなるわけです。
相手は全くの別人格を持った人。こちらが何を知っていて、何を分からなくて、何を求めているのか、分からなくて当然。だから、何度も説明をして伝える。
ということを、忘れないでほしいのです。
それから、相談を受けたご家族の方は、本人から話を聞いた時、優しいご家族は本人の身になって考え、その心を痛めて、同じように憤慨されるかもしれません。
でも、その憤慨は一旦胸に収めてください。
本人から話された内容を理性的に受け取り、是非、その場面を想像し、慎重に検討してあげてほしいのです。
間違っても、即、同じように激昂し、動かないようにお願いします。
冷静にその場面を想像して判断した時、本人が受け取った意味以外にも別の意味がありそう、若しくは、どんな意味があるのか分からなければ、本人に、相手にもう一度確かめてくるように背中をそっと押してあげてほしいのです。
社会で生きていくには、問題と向きあい、自分から他者にSOSを出せるようにならなくてはなりませんから、まずは本人がSOSを出すチャンスを与えて上げてほしいのです。
それが難しいなら、一緒に出向き、付き添ってあげてもいいと思います。
もう一度、相手と話し、真意を探った時、自分の受け取った意味合いと違っていた、ということが分かったら、それは経験として残り、同じように腹が立ったり、悲しい思いをした時に、もしかしたら違う意味の可能性もあるかもしれない、と、相手に真意を尋ねることができるようになります。
こうやって、自分以外の人の意見に触れたり、相手の真意を尋ねる為に何往復かのコミュニケーションを取ることは、自分特有の受け取り方から、他者視点を取り入れた柔軟な受け取り方ができるように変化し、成長していくことができます。
相手と何往復かのコミュニケーションを通して、理解し合えたという実感を持つことができれば、それは1つの自信となって、また一歩前に踏み出す勇気へと繋がっていくことでしょう。
なので、
①相談する(相談者できる態勢を作る•複数人いれば安心)
②コミュニケーションを取る(相手に真意を尋ねる)
③何度も説明して理解してもらう努力をする。
これらを忘れずに心に留めて進んでください。
社会生活をするには社会性が必要です。
すぐに辞めてしまうと社会性が広がる機会が減ります。
社会性とは、不特定多数の人の中で過ごしてこそ身に付いてゆくものなのです。
勇気を出して1歩踏み出したばかりの、傷つきやすいあなたが、ご家族が、その後もスムーズに復帰の道を歩いて行けますようにと祈っています。