きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

コミュニケーションだと思ったら、一方通行だった、、、を防ぐ、会話の視覚化•構造化。

前回、コミュニケーションについて、言葉には複数の意味があるよ、状況や意図に応じて変化するよ、だから「字義通り」の解釈になっていないか気をつけてね、相談してね、って話を書きました。

意外と自分が字義通りの解釈をしてしまっていたが為に、誤解や混乱を招いていたかもしれない!ってことに自分で気づける人は少ないかもしれません。なので、一旦、その時の状況を俯瞰して、考えたり、人に相談することが助けになったりするわけですね。

 

今回は、もう一つ、コミュニケーションの罠?について書きたいと思います。

人にはそれぞれ癖といいますか、コミュニケーションを取る時のパターンがあります。

これも、その人が今まで生きてきた中で身につけてきた癖、ASDやADHDの特性からくる癖、または親や身近な人との愛着形成が上手くいかなかったことからくる癖、など複数の要因があると思います。

自分ではコミュニケーションを取っているはずなのに、なぜか上手くいかない、という場合もありますよね。

そんな時には、自分の取っているコミュニケーションの仕方がどんな形になっているか、一度紙に書いて、客観的に見てみると、あれ?と気づきやすいかもしれません。

 

例えば、、、

Aさんが会社などで他者から「どうして失敗したのかな?」と指摘を受けたとします。

指摘を受けたAさんは、

「私は指示された通り一生懸命やりました!」

と、指示通りであったこと、真面目に頑張っていたことを主張します。

すると

「一生懸命にしたのは分かるけど、でも現にここ間違ってもいたよね。指示はしたけど、分からないところは聞いてから進めてねってお願いしてたね?」

という返事がまた返ってきます。

「でも私は頑張ったんです。指示通りしただけなんです!指示の仕方が悪かったのではないですか?」

と、Aさんからはこの後も同じ主張が繰り返されます、、、。

今、読まれている皆さんは、文章で読むと、ミスを指摘されたからって、こんな返し方するわけないわ!と思われるかもしれません。それは第三者として客観的に読んでいるからですが、実際に似た場面に遭遇すると、咄嗟にAさんの様に相手の問いかけと少し違う反応をしてしまっているかもしれませんよ?

続きます。

 

この場合、会話を矢印で表すと、

Aさん→ ←相手

と、真っ向から相手に向かって自分の主張を投げかける形になっています。

この形で何度コミュニケーションを取ろうとも、一向に相手に自分の主張が理解してもらえないばかりか、場の空気が険悪になるばかりです。なぜならこれが

自分→❌️←相手

の対立の図式になっているのですね。

相手は「どうして失敗したのかな?」と言っていますが、この言い方だと考えられるのが

①「あなたはどうして失敗したの?」と責める意味合い。

②「なんで失敗しちゃったんだろうね」と寄り添う意味合い。

③「何が原因で失敗したの?」と直接の原因を求めている意味合い。

④「どんなことがあったのか知りたいな」と背景をひっくるめて成り行きを把握したいという意味合い。

⑤「現場の構造に問題があるなら検証したい」失敗はシステムエラーとして考え、構造上の改善点を検討、検証したいという意味合い。

などなど、より分けると短い一文なのに、私が思いつくだけでも5つも違う意味合いが見つかりました。

 

このAさんは、5つの中から考えると、反射的に①の意味合いで相手の言葉を受け取っていることになります。また、反射的に一生懸命やっていた!指示通りやった!と、相手の非難から自分を防御する意味合いの言葉を返してしまっていることになります。

相手は②から⑤の意味合いで、言葉をかけていたとしても、この返し方では相手もAさんから責められていると感じ、とっさに防御の態勢になって、「でも現にここ間違ってもいたよね。指示はしたけど、分からないところは聞いてから進めてねってお願いしてたね?」と少し語尾強めの返答をすることになってしまいます。相手も戸惑いがあるのでしょう。

ただ、この時の「現に間違ってもいた」という言葉は、一生懸命したのは理解するけれど、「事実」としての間違いについて述べていることになります。

そして、「分からないことは聞いてから進めてねってお願いをしたよね?」という言葉は、指示したはずの内容から、抜けている箇所を提示し、お互いに再確認しようとしている意味合いになります。事実のすり合わせや確認をしているだけで、Aさんを責めているわけではないのかもしれません。

それに、「一生懸命したのはわかるけど」と文頭に話しています。これはAさんが一生懸命した!と主張していることと、実際にその様に動いていたことを私は理解しているよ、ということをAさんに伝えようとしているのかもしれません。

しかしAさんの耳にはそんな風には聞こえていません。なぜなら、「分かるけど」の「けど」は、前の文を打ち消す意味を持っているからです。「一生懸命したことも、失敗したら意味がない」くらいの勢いで、Aさんには否定されたと受け取られているのでしょう。

なので、その後も「でも、」と「一生懸命したのは本当なんだ!」という主張が続くのです。

ここで、考えたいことは、

Aさんの主張はあくまでも自分の正当性を押し出して失敗の責任を回避したい、という思いと、否定された!という気持ちからくる感情型になっていることです。

相手が②〜⑤の場合に言っているのは、事実確認です。

感情型と事実確認(論理)型とでは、そもそもこの議論の目的に食い違いが出るので、水掛論になりがちです。

 

もし、皆さんが、他者からいつも否定され、話し合っても理解されずに良い着地ができない、とお悩みなら、まずは自分が咄嗟に取りがちな反応や主張の仕方を思い出して、なるべく客観的に、感情を横に置いて、検討してみられると、新しい発見があるかもしれません。

逆に、もし、皆さんが、自分はただ事実確認をしたいだけ、相手の状況も理解しているよ、と伝えたいのに、なぜか伝わらない、とお悩みなら、まずはAさん側の主張はどんな背景から出ているのかについて冷静に考えてみることをお勧めします。

双方が、相手の主張している「言葉」の裏にある意図や感情を考えたり、背景を考える努力をしていれば、自然と相手の立場に立った言葉がけがなされ、会話はまとまっていくはずです。

しかしなかなかそうならないのは、お互いに自分の主張が正しいと思い込み、一歩引いて、俯瞰して考えるということができていないからです。

それぞれが、ちょっと待てよ?と立ち止まり、なぜ上手く通じないのだろう?と考えてみるのは大切なことです。

もし、相手の人が、「いつも一生懸命しているのですよね。それは分かりますよ。」と一旦文を区切り、その上で、「今回はここにミスがあったので、その時の状況を知りたいと思っています。教えてもらえますか?」と言い直すことができたなら、Aさんは自分が被害的に受け取っていたと、ハッと気づくことができるかもしれません。

更に、「もしかして、責められていると思わせたならすいません。今後、同じことが起きない為に、改善案を考えたいと思っているので、詳しく教えてもらえますか?」と丁寧に言えたなら、Aさんの防御態勢は解け、どうしてミスに繋がったのか、その経緯を話してくれるだろうと思います。

 

これは、

Aさん→❌️←相手

と、ベクトルがお互いに向いていたのが、

と、一緒に問題解決に向かってベクトルを向ける形に変化したからです。

 

長々と書きましたけれど、要は、お互いに必死に相手に対してコミュニケーションを取っている、と思っていても、気がつけば、それはただただ自分たちの主張を繰り返し、相手を攻撃しているだけかもしれないよ、ということなのです。

結局それは相手の方を向いているだけで、一方通行で、空回りし、対立だけを深めるパターン、スタイルになっているのです。

そのパターンやスタイルに気がついたら、

①今話し合うべきは何についてなのか。

②お互いに何について、どこを向いて意見を出し合うのか。

という一番の目的を割り出し、双方がその目的の方を向いて話し合う、という風に方向性と到達地点を明確にして合意すると嘘の様に上手く行きだすのです。

これは、集団でも当てはまります。

みんながそれぞれに置かれた立場や環境について不平や不満を顕にするとき、それは1つの問題点として聞き取りをし、相手の許可を取って公表できることは公表してみんなで共有します。

そして、一旦それは脇に置き、これからの話は何を目的とし、どこを向いて話し合うのか明確に提示した上で、みんなで協力して話し合おう、と宣言するのです。

そこで出た結論に対して、それぞれが理性的に考え、どうしても難しい点を修整していく、という逆方向からの論理立てをしていけば、割りと場はまとまっていくのではないかと思いますし、著しく個人の利益ばかりを追求する主張は目的に合っていないので却下しやすくなります。

今回挙げたのは一例で、日常のコミュニケーションの中には、話し言葉だけでは見えてこない構図が、絵や図式で考えてみると理解しやすくなるよ、というお話でした。

 

私はこの方法を使って、療育施設の職員たちをまとめることは勿論ですが、通ってくる子どもたちの集団適応力をあげる為のSSTにも用いて仲間作りをしていました。

すると、重度自閉症、自閉スペクトラム症、ADHD、知的障害など、様々な異なる障害を持っていて、いがみ合うことがあったとしても、きちんと交通整理をすれば、相互理解を深め、みんな深い絆で結ばれた「仲間」になっていったのでした。

 

自分たちの話を俯瞰して、ベクトルの方向性を考えたり、相手の背景を想像して言いたいことを通訳する、ということは、柔軟な視点がなければできません。空間認知能力が必要なことなのですが、定型発達であると思われる人でもこうした考え方は苦手だという人もいます。

時には発達障がいの特性を持っている方の中に長けている人がいる場合もあります。

本来なら、定型発達であろう人が先に気づいて方向性を変える働きかけをしてくれると良いのですが、逆に固定概念に縛られすぎて柔軟な思考ができないという場合もあります。

その時々で、気づいた人が、提案し、より良いコミュニケーションが取れてゆけば、争いの少ない平和な日々が増えるのではないかなと思います。

職場に限らず、ご家庭で、友人と、あらゆる場面に有効なので、お使いになってみてください。