長年、車でお世話になっている営業さんがいる。
かれこれ21年にはなるだろうか。
初めて会ったのは、うちの子供たちが幼い頃、車の買い替えで初めてHonda車を購入した時だった。買ったのはエリシオンとフィット。
当時、まだ前の夫の実家で義理の両親と同居生活だったので、エリシオンは私たち、フィットは義両親が購入した。
その時の担当者が、新入社員だった山本さんだった。
素朴で古風、昭和の男、という雰囲気で、あまり新入社員ぽさを感じさせず、初っ端からざっくばらんで話しやすい人であった。何というか、腹から声が出ているタイプ。実声なのだ。実声の人は裏表がない。信用できる人だと私は感じている。
その通り、山本さんは、上司に聞こえていようがいまいがお構いなく、いつも元気に本心を話してくれる。それが例え損に繋がったとしても、私が損をしないように、必要無いものは必要ないと、きっぱり言ってくれるのだ。
山本さんは、私が前夫と離婚する直前の緊迫した場面にも立ち会っている。6年乗ったエリシオンを前夫が売ると言い、見積もりにやって来たからだ。前夫と私、そして義両親が見ているところで、立ち回らなくてはならなくて、それはやりにくかったことだろう。
それでも平静を装って一生懸命対応してくれた。
そこからは、前夫は前夫。私は私で、別の顧客として、山本さんが担当することになった。
私は譲り受けたフィットが気に入らなくて、それを元手にゼストを買った。
私が自分だけの力で車を買う初めてのことだった。
シングルになり、生活保護も受けず、自分だけの力で子ども2人を育てなければならない中で、車を持つということに私の母は大反対だった。維持費がかかり、生活なんてできない、手放せと。
しかも、私は離婚前のストレスで原田病という網膜の病気にかかり、退院してからも瞳孔が開いたままで視力も低下し、日中は眩しく、しかも淡い色が判別しにくいというハンデを負っていた。
そんな中で車を持つことは確かに恐ろしいことだったけれど、子どもたちがそれまで住んでいた地域から出ないことを希望したので、土地柄的に車は必須。どうしても手放すことは考えられなかった。
中古を買って、自分でメンテすることも不安でできない。そもそも安心できる中古車なんて、見つけられるだろうかと不安でしかなかった。だから続けて、慣れていて信頼できるディーラーの山本さんのお世話になることにしたのだった。
そこから車探しが始まった。
本当に、生活の不安があったので、ギリギリ最低限必要な金額だけで買いたいという私の希望を受け、山本さんはディーラーの人間にも関わらず、近くのホンダの系列の中古車取扱い店にも一緒にいきましょうと同行してくれた。
店では車は野外に展示されているから、まださほど回復していない目では眩しすぎ、見て回るだけでも私にはかなりの困難を伴った。だから本当に心強かった。
私がいいなと思った車がシルバーの様な薄い色合いで、光っていてこれが本当は何色なのか、全く私には分からず、見てもらったところ、山本さんはグリーンですという。
グリーン?
いやいや、グレーというかシルバーだね?と私。
いや!グリーンです。どう見ても。と山本さん。
そうかな、シルバーよりのグリーンじゃない?
いや、グリーン。
と、こんな、やり取りが続き、私にはシルバーに見えるけど、もしシルバーっぽいグリーンなら、ちょっと嫌だなと思い、また後日にと保留にし、帰った。
次の日。山本さんから電話があった。
実は、上司に怒られたのだという。
ホンダカーズはディーラーであるからして、系列は系列だけど、中古を売ってはいけません、と。
だけど、そこまで探しているのなら、中古は無理だけど、新古車ならいいよと言われたのだそうだ。新古車とは、展示車などで使用していた車で、走行距離はほぼない車らしい。展示車としては使っていたので、その分値段を下げますよ、とのことだった。
中古くらいさげてくれ、と言うと、それはごめんなさい、と謝られた(笑)
散々悩んだが、残クレなら月々1万円代で乗れることが分かり、購入することになったのだった。それがゼスト。
黒がいいといったら、きらめきさん、ちゃんと洗車できます?と言う。洗車?洗車機なら通せるよというと、洗車機は傷つくので手洗い!と言う。えー。手洗いの仕方なんて知らない、と言うと、あーして、こーして、と細かくレクチャーを受け、それでも黒は汚れが目立つからダメ、と反対され、白は嫌だからとしぶしぶアドミラルグレーとやらを選んだ。山本さんは、私には明るい可愛い色に乗ってもらいたい、と言ってくれたが、その頃の私は暗闇をひっそり生きていきたいと思っていた。だから一目で私だと分からない暗い色が良かったし、ライフの様に窓が大きい車は嫌だった。その点ゼストは男性仕様で窓が小さめ。室内が丸見えにならない。そこが気に入った。
こうして私は目出度く初めて車のオーナーとなった。
その後、4年置きに、残クレの切り替えが来るたび、山本さんと、あーでもない、こーでもないと言いながらも、車の乗り換えを行っていくことになる。
ゼストの次はNーWAGONだった。
その頃になると、ホンダの軽自動車もしっかりとした枠組み(骨格?)で、坂道もスイスイ登れる。ちょうど人気が出た頃だった。
2台目はさすがに明るい色に乗りましょうよ、と山本さんのプッシュがあって、2台目はパールホワイトを買うことになった。
先代の3台目は今の夫と結婚し、夫も乗るためカスタムにして ミッドナイトブルー✕シルバーを買った。そして今回4台目が何とかかんとかブラック(パープル)だ。勿論カスタム。
初めは、息子たちの大学の学費も作らなければならず、残クレの乗り換え時に残金をまとめて払い、買い取ることはできなかった為、こうして車を変えながら乗り続けるしかなかった。
でも、私がシングルになってから今日までの15年間、滞りなく乗って不自由なく仕事と生活ができたのも、山本さんがいてくれたからだと心底思っている。
点検毎に会い、
点検が終わっても、毎回いいの?と思うくらい延々と雑談をして帰った。私が、じゃあ、と言っても、「あ、きらめきさん、それでさぁ」と話を繋ぐのが常だった。(向こうは私がなかなか帰らない、と思っている)
始めの頃は、前夫も同時期に車を買い替えた為、点検、車検月が被り、店で鉢合わせしないように裏で苦心してくれていたこと、私の情報は流さないが、あちらの情報はくれたこと、その後の私の生活や、仕事のこと、お互いの子育てのこと、山本さんの子どもたちの相談に乗る、など、本当によく多岐に渡る話をしてきた。
営業マンと客、という関係性とは思えぬ、お互いに歯に衣着せぬ率直なやり取りで、小気味いい間柄だった。
初めて出逢った新入社員の頃から数えると、かれこれ21年経つのではないだろうか。彼が20代、私が恐らく34歳だったのではないかと思う。それが今では40代後半と50代半ばになっている。
この頃は会う度に、そんな話になって、この年月をお互い懐かしく振り返っている。
山本さん曰く、この21年で多くのお客様と出会ってきたけれど、会う度に、激動になっているのはきらめきさんだけ、だと言う。
変わらない人は何年経っても変わらない、穏やかな日々を送っている。それに比べてきらめきさんはどうして、会う度に毎回激動に揉まれているんですか?と。
えー。私、激動に揉まれてる〜?そうかなぁ。まあそうかも〜。でもほら!その度に私、上がってるよ〜⤴️
と言ったら、
そうかなぁ、、、だって(笑)
まあね、車の買い替え直前にはいつも決まって、当てられ事故にあっているしね。上がってるようには見えないかもね。でも正負の法則にも書いたように、その後必ず上がっているのよ。
今回は本当は買い替えずに乗り潰そうと思っていた。
けれど、去年末にキャンペーンがあり、12月中なら低い金利で車が買えるよ、とあって、話だけ聞きにいくことにしたのだった。
しかし季節柄、わざわざ電話がかかってきたということは、年末に1台でも多く売らなければならない状況なのだろうな、と私もうっすら感じ取るものがあった。
話しの流れで、山本さんも、私の中に全く乗り換えるつもりがないわけではないという脈を感じたのだろう。では、と帰ろうとした時に、「ちょっと待って、もしもだよ、、、」と、何やら思案した様子で、覚悟を決めて、1つ提案を出してきた。
もし、ナンバーは選べない、ナビはつけない(スマホと繋いでGoogleマップは表示できる)、ランクはカスタムの標準、サンバイザーはなし、これで今と同じ支払い額で新車が乗れるとしたらどうする?という提案だった。その条件なら、値上げしている現行モデルを精一杯値下げできる、というのだ。
今と同じ支払金額?そして新車。すると車検は3年後。その分長く乗れる?それは買いだな?と返事した。夫もそれでいいと言う。
山本さんは、「よし、上司と相談してくる!」と言って、小走りで事務所へ行った。
が、その後なかなか帰ってこなかった。
うん、これはきっと怒られてるな(笑)と予想した。
しばらくして姿が見え、戻ってくるけれど明らかに行く時と帰って来る時の速度が違う。
怒られたの?と聞くと、
うん怒られた、と山本さん。
「今乗ってる車が思ったより下取りの値段がついたから、イケると思ったんだけど、すでにその買取段階でサービスしてくれている値段だから、この上更に値引きしてどうする、と怒られた。イケると思ったんだけどな(苦笑)。この値段だと、会社の利益が5万円だけ✋️」と苦笑いしていた。
ご、5万円?
軽1台売って、利益が5万円?それは大損失でしょう。それでも、、、
いいの?と聞くと、
いい、と言う。
山本さんのボーナス減らない?と重ねて聞いた。
減らないよ、と言っている。
それなら、、、
「ありやとやんした〜⤴️✨✨✨」
と私はにんまり。乗り換えを決めたのだった。
こうして、毎回、私の為に上司に怒られている山本さん。それくらい私に寄り添い、捨て身で関わってきてくれた。
そんな山本さんだが、今、出世の為の研修を受け、その結果待ちをしている。
この半年、かなりハードそうだった。
もし、合格だったら、店長か店長代理、、、辺りになるようだ。
そうなったら、もう担当者としては会えなくなるのだろう。
それは私としては非常に寂しいことだ。
でも同時に、非常に喜ばしいことでもある。
小さな店舗で長年スタッフの入れ替えもなく、一番下、若しくは下から2番目の立場でいたから、山本さんもいつまでも若々しかったし、伸び伸びと仕事をしているようだった。
でも、ホンダという会社は、そこの店舗の人数が少なく、一向に上に上がっていないように見え、実はきちんと昇給がなされていたようだ。
気づけば新しい大きな店舗では後輩たちが沢山いるポジションとなっていた。
昇格しようが、しまいが、特にそこにも大きく拘りがないという。いつも平常心。雑多なことに惑わされずに、必要なことだけシンプルに取り入れて生きている人。
昇給などの為に、上に気に入られようと態度を変えたりするタイプでもない。
しかし、私たちが帰る時、気づかず俯いて作業するカウンターのスタッフたちに
「お客様お帰りです」と声をかけた時の山本さんの目には、心無しか厳しさが宿っていた。
「ポジションが人をつくる」
とは、こういうことだろう。
新しい車の購入が決まったあと、横にいた夫に山本さんが言った。
「きらめきさんを宜しくお願いします」
「はい、大丈夫です」
と夫が返す。
なんだ、なんだ、この会話は。
なんか前にもどこかで交わされていたぞ?
なんで私はこの若い人たちに託し託されされているのだ?
不思議な気分だった(笑)
今度会う時、きっと結果が出ていることだろう。