きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

日本人に突きつけられた課題。

夏の頃。スリランカの人が言った。

「日本も戦わなくてはいけない」と。

「アメリカはもう助けてなんかくれないんだよ」とも。

 

「でも、戦えば、憎しみを生み、また戦いを生まない?」と私。

「戦わないでどうするの?」とスリランカの人。

「そうだよね。無抵抗なのかな。ガンジーも言った非暴力ということなのかな」と私。

 

このスリランカの人が、私に初めて「スリランカが日本の独立を助けた」と教えてくれた人。

 

「憎悪は憎悪によって止むことなく、愛によって止む」んだよね?と私。

これは第二次世界大戦終息後、サンフランシスコ講和条約の会議で当時のJ.R.ジャヤワルダナ蔵相が言った、仏陀の言葉だ。

 

「この言葉を教えてくれたよね」と続けた。

スリランカと日本は仏教の国。

スリランカからブッタの言葉によって救われた日本が、また戦い憎しみを生むの?

 

ガンジーはインドの弁護士。熱心なヒンドゥー教信者だ。

スリランカはヒンドゥー教の国でもある。

ガンジーの非暴力•不服従は、スリランカの人々にも影響は与えているのだろうか?

 

「僕は、奥さんと子どもを守りたい。だから、日本を守る為に攻められたら戦う!」と強い眼差しでその人は言った。

続けて「でも、日本がスリランカと戦ったら、困っちゃうけどね」とも。

グローバルになったこの世界で、国と国との戦いが起こっても、昔と違い、人々は入り混じり多様になっている。困るのはそんな多くの移住者たちであり、多くの体の中に異国の血が混じる人々なのだろう。

 

日本人ではない目の前のスリランカの人が、家族を守る為に、日本の為に、戦うと言っている。

日本人の私たちは?

突き詰められても結論を言うことはできない。

非暴力•不服従だとどうなるだろうか?これは小学生だった私が考え、未だに悩んでいることだ。

 

日本人がブッダの教えを守り、ガンジーの後に続き、非暴力•不服従を貫いた時、その心、その姿勢、その愛は、攻め入る相手の心を果たして動かすことができるだろうか?

恐らく多くの犠牲を出し、或いは日本という国が無くなる方が速いのかもしれない。

 

しかも、これからは無人兵器、ドローンが主流だ。そこに人々の崇高な魂は無力なのかもしれない。

 

 

ガンジーは広く認知されていたが、ガンジーの言葉が世界に広められ有名になったのは戦争が終わってからだった。

その後ガンジーは、イスラム教徒との融和を説くガンジーに業を煮やしたヒンドゥー教至上主義の者によって暗殺されている。

国連総会決議によって、カンジーの誕生日10月2日が国際非暴力デーに制定されたのは、2007年になってからだ。

 

私は、奥さんと子どものいるこの日本を守る為に戦う!といったそのスリランカの人に、

「でも、奥さんやお子さんは、パパに戦いに行って欲しくない。亡くなって欲しくない。側にいて欲しい。って思うと思うよ」と話した。

スリランカの人は、絶句していた。

 

これは日本のみならず、戦争にかけがえのない家族、夫を、父親を、兄弟を、息子を、送り出さなければならなかった人たち側の悲痛な気持ち。

そして、今、リアルに私たちに突きつけられた難問でもある。

 

愛を広め、世界中で戦いが起きないことを祈るのか。

自分を、家族を、国を守る為に戦うのか。

敵が攻め入らないように防御の壁を高くすることで守るのか。

 

因みに永世中立国であるスイスは、徴兵制制度があり、攻め入られたら戦うとある。

そしてシェルターは1人1人が核シェルターに避難する権利と、そのスペース1人1㎡が憲法によって保証されている。

1967〜2011まで、新築住宅には核シェルター設置が義務づけられ、全住民分の核シェルター収容能力を確保し、公共施設の地下には防爆扉を備えた施設が存在しているそうだ。

この60年に及ぶ遅れを、日本は取り戻すことができるだろうか。