きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

探し求めた物を手にする。火の鳥2772〜愛のコスモゾーン。

時は昭和55年夏。

私は母親に連れられて、祖母の家へと向かっていた。小学生4年生の夏休みのことだった。

まだ幼い2人の妹と、その分の荷物も持ちながら歩くのは小4の身には過酷だった。

当時の国鉄の列車に乗り、ガッタンゴットン揺られていく。

途中、乗り換えの為、姫路駅で暫く休憩。まだまだこれから鈍行で2時間近くはかかるため売店で、飲み物やお菓子を買おうと物色していた。

まだ機関車が車両を引っ張っていた時代。席はグリーンで向かい合わせだった。恐らく冷房はない。天井についた扇風機から送られる風が頼りで、窓は全開が当たり前だった。

自宅からは恐らく4時間前後かかるため、私にとっては長旅で、姫路からの向かい合わせの席はホッと寛げるスペースになっていた。

そこでお菓子を食べたり、話をするのが楽しみで、その為の「旅の友」を探していた。

売店に置かれた菓子やら新聞やらライターやらタバコを眺めていると、そこに並べられていた一冊の小ぶりな本が目に入った。

周りの品に比べてカラフルな色使いだったから目を引いたのかもしれない。

私は一目でその本の虜になり、珍しく親にそれをねだり、買ってもらった。

それはケースに入った横開きの本で、後から知ったが、その夏に劇場で公開されたアニメ「火の鳥2772 愛のコスモゾーン」を子供向けに発行したカラー本だった。

映画で使用されたフィルムの画像が使われたフィルムコミック。

このフィルムのままのカラーページの絵柄の美しさ、それから手塚治虫の作品の特徴的な宇宙や命をテーマにした壮大なストーリー、そして、一度目にしたら忘れられない登場するキャラクターたちの魅力。

それが私の目や、心を釘付けにした。

 

同じ年の24時間テレビ「愛は地球を救う」のアニメ枠では「フームーン」を放送していた。同じ手塚治虫作品。

小学生だった私に、フームーンは、目から飛び込んでくるカラフルさ、可愛らしさ、優しさ、美しさが、命の素晴らしさに変換され、心に焼き付いた。

小4の私は、やっぱりテレビの前に釘付けだった。

「フームーン」と「火の鳥2772〜愛のコスモゾーン」という、言ってみれば豪華2本立ての夏。

このフームーンがあったから、余計に、この「火の鳥2772〜愛のコスモゾーン」は当時の私のアンテナにひっかかったのだろうと思う。

記憶の中のその本は、当時の私から見ても、バランスの取れた絵で、完成度の高いものだった。

主人公は2人。

宇宙ハンターとして育てられたゴドーと、ゴドーの遊び相手の女性の形をしたロボット、オルガ。

2人は、新しいエネルギーを求めて地球最後のエネルギー源であるマグマを利用しようとして地球の存亡をかけた大開発にかけるロックから、滅亡へと追い込まれていく地球を救うために火の鳥を探し求める。

火の鳥はエネルギー体だが、愛の無いものには恐ろしい怪鳥に変わり、愛のあるものには優しく美しい姿を見せる。

その火の鳥とゴドーが、実はこの作品の本当の主人公なのかもしれない。

 

本当は心を持たないはずのロボットであるオルガが、心を獲得し、心があるはずの人間が冷徹になる、そんな描写には対比が込められている。

オルガは女性の形をしているが、その時々でジェット機になったりトランクになったりと姿を変える。そんなところも当時流行っていた子どもの心を揺さぶる要素だ。

 

そんな「火の鳥2772愛のコスモゾーン」を、私は大事にしていたのだが、気づけばいつの間にか手元からは消え、失くなってしまっていた。

いつ失くしたのか分からない。親の転勤で何度も引っ越す内に失くしたのだろうか。

それから、時々この本のことを思い出しては古本屋などで探したりしていた。

手塚治虫の火の鳥シリーズには、宇宙編があるが、これは「2772愛のコスモゾーン」とはまた違うストーリーで、あんなにカラーで小さいながらもハードカバーで特別だったものが市場に出回っていないということが不思議だった。

それが、ひょんなことから、そうだ、メルカリなどで探せば、もしかしたらあるんじゃないか?と思い立った。

なんでもっと早く、思いつかなかったのだろう?そこがまた不思議なところだが、思いつかなかったのだから仕方がない。

思い立ったら我慢ができなくなり、その場ですぐに検索を始めた。

暫く探すと、なんと、見つかった。

あるところにはあるんだ!と驚いた。

しかし、そこは46年前のもの。当然ながら痛みが結構あって、購入するには躊躇される。それなら、ヤフーはどうだろう?アマゾンはどうかな?と根気よく探したが、同じだった。数少ないがあるにはあっても、状態が良くない。

悩んでいたら、夫が思い出してくれた。

以前、探していた本を見つけたのが「日本の古本屋」というサイトだったと。そこで探してごらん、というので、最後の頼みの綱として、検索。

すると、本当に見つけたのだ!とても状態の良さそうなものを。

きっと、探していたものと同じだと思うし、これは今決心しないと恐らく手に入らない。そう思って、決断し、ポチリと購入ボタンを押した。

驚いたのは、その日の夕方、発送通知が届き、2、3日で自宅に届けられたこと。

何十年も経って、探したものが2、3日で手元に届くなんて。本当に今のネットワークってすごい。

ドキドキしながら包みを開けた。

更に驚く。本当にこれは46年前の物なのだろうか。多少のスレは見られるが、全く許容範囲。驚きの綺麗さだった。しかも、付録として、スペース•シャークという作中に出てくる宇宙船の設計図までピンピンの状態で入っていた。

ページを巡る。

どのページも、どのページも、覚えていた。まるで昨日読んだように覚えていた。

記憶ってすごいなあと変に感動もした。

最初から最後まで読んでみた。改めて、今読んでも古く感じなかった。それどころか、ありきたりだが、本当に手塚治虫という人は、先見の明があったし、真剣に命や地球のことを考えていたんだなとジンとした。

 

小4だった私が、50代になった今でも鮮明に覚えているということは、きっと、他の多くの子どもや若者だった人たちも覚えているということだろう。

それは、同時に、手塚治虫が伝えたかったメッセージも、映画を観た当時の子供や若者たちに伝わっている可能性を示しているんじゃないかと思った。

 

本は手にはいらなくても、今ならYouTubeの動画で映画版を見ることができる(昨日見つけた)。

もし良かったら、当時子どもだった人、若者だった人、今の若者の人も、この「火の鳥2772愛のコスモゾーン」、ゆっくり観てみてください。お子さんがいらっしゃる方は、週末にご一緒にいかがでしょうか?

 

宇宙の神秘に生きる未確認生物2772と呼ばれる火の鳥。

今の子どもたちの胸の中にも生き続けてくれたらいいな。

 

 

(1983年10月に、月曜ロードショーで放映されたことがあるそうです。)

 

 

あまりの世界の違いに驚愕する。

午前中、親子の運動の会の指導を2時間して、ぐったり疲れた私は、その後帰宅してからシャワーを浴びて、ソファですっかり眠ってしまっていた。

2時間ほど眠っただろうか。

その間、夫は2階で何やらゴソゴソと用事を進めていた。

平日にできないアレやコレや、細かいことを片付けていたのだと思う。

そろそろ夕ご飯の時間、という頃に、1階に下りてきたので、だいたい予測はついていたが、どんなことをしていたのか聞いてみた。

案の定、前から売ろうと選んでいた本を何冊か出品しようとメルカリに登録したりしていたようだ。

何系の本?と聞いたら、「物理やら数学の本」と返事が返ってきた。

夫は元々は物理の研究員だった。

「メルカリで売ってもいいんだけど、何冊かは専門的すぎて、買ってくれる人がいるかどうか、、、」

と言う。

専門的「すぎる」んや、と、そこにウケてしまった。

「それって、英語で書かれてるやつ?」と聞くと、「そうだよ」と。

「ふ〜ん。物理はただでさえ難しくて、ちんぷんかんぷんだが、その上、専門的「すぎる」内容を、英語で読んでいるんだね〜(研究員なら当たり前か)」と、この人の頭の中は一体どうなっているのだろうか?と久々に実感していた。

「それで、メルカリは日本のものだから、日本で、この本を欲しいと言う人が出てこなかったらイーベーに出してもいいなと思って調べてたんだ」と夫が言うので、聞き慣れない言葉があったから、何度か聞き返した。

「イーベーだよ」

「イーベーってなに???」私は初耳だったので、続けて、「ぬ〜べ〜なら知ってるけどさ」と返した。

今度は夫が、「ぬ〜べ〜ってなに???」となった。

「ググってごらんよ」と言ってクスクス笑う私。

夫は真面目に「ぬ〜べ〜」と入力している。

画面に出た字面を見て、え?という表情をして、また入力し直している。

「何が出たか見せてね(笑)」と言って、また可笑しくてクスクス笑う私。

「これ?」と夫が差し出した画面には「地獄先生ぬ〜べ〜」の文字が。

「そうそれそれ!画像も出してみ?」と言われて素直に出す夫。

そして、固まる夫(笑)

なんじゃこりゃ?という反応である。

それな、結構人気あって、ドラマにもなってんで?等と簡単にストーリーの特徴と合わせて伝えた。

へえ、、、。

この手に夫は無関心なのである。

ところで、夫が話していたイーベーは、本当は「イーベイ(eBay)」というらしい。

アメリカ発祥のメルカリのようなものらしい。アメリカだけど、利用者は各国に広がっているから、当然欲しいと思う人に出会える可能性が上がることになる。

「今履いてるスニーカーもeBayで買ったんだよ。」

そう言えば、海外から届いていたな。

 

因みにこの会話の前に、はてなブロガーの有屋さんが、かわいいイラストが書かれたパッケージのお菓子を記事に貼っておられたので、「吉田戦車」的タッチだなぁと思ったことを思い出し、ついでに、夫に「吉田戦車もググってみ?」と進めてみた。

また素直にググり、固まっている。

吉田戦車は漫画家さんだ。

20歳前後の頃、この人の「伝染るんです(うつるんです)」が流行っていた。

4コマ漫画だ。

ちょっと、あまり女の子ウケは良い方じゃないかもしれないが、知人が読んでいて影響を受け、読んでみると不思議な面白さにハマり、結構この人の作品を読んでいた。

夫にも、「読んでみ?」とお勧めしてみたが、ブンブンと首を振って拒否していた。

面白いのに〜。

世界が広がるよ?

とかなんとか言いながら、

専門的「すぎる」物理や数学の本をeBayに出そうとする夫の話を聞いて、地獄先生ぬ〜べ〜や、吉田戦車を思い浮かべる私の、頭の中の世界が、あまりに違いすぎることに驚愕したのであった。

 

でも〜、ぬ〜べ〜や、吉田戦車を読むのだって、世界は広がるよ?

と、まだ主張する私。

まるでおとぎ話。

幼い頃からおとぎ話や童話が好きでした。

夢がありますよね。

親指姫とか好きでした。

 

その、おとぎ話や童話みたいな光景が、ホントにあったんです。

 

シルバーウィーク中のお話です。

朝はなるべく暑くならないうちに、庭の花たちに水やりするのが日課です。

この日も、何度も洗面所でバケツに水を汲んで庭と往復して水やりをしていました。

まずは花壇の花たちから。その後に真っ直ぐに伸びて、私の顔ほどの高さまでになった薔薇に水をあげました。

今年、何度目かの花です。1度目のような大輪ではありませんが、幾つも深紅の花をつけてくれています。

花にも水をかけてやりたいな。

そう思って、花びらを傷つけないように、そっと、雫がきれいに花びらにのるようにかけました。

どれどれ?と近寄って、花びらの中を覗き込んでいたら、、、

誰かと目が合いました。

誰と目が合ったかって?

 

ほら、あなたも覗き込んでみてくださいな。

どうですか?薔薇は綺麗ですよね。花弁を寄せ合って咲いています。

でもそれだけじゃないんです。

分かりますか?

もう少しアップしてみましょうか。

ほぅら。

気づきましたか?

視線を感じませんか?

可愛い子がこっそりこちらを覗いていますよ。

 

見つけられなかった人の為に、ドアップにしてみましょう。ジャン。

カエルです。

花弁のベッドにすっぽりと包まれて、居心地良さそうで、私に見つかってても微動だにしません。よっぽど気持ちいいんでしょうね。

前日までは、長雨でした。

この花弁には雨つぶが貯まって、カエルにとってはお風呂かプール状態。気持ちよさそうに浸ってます。

グッド アイデアですよね。

うちの庭には水場がありませんから、今年の猛暑を生き延びるのは大変だったでしょうね。

それにしても、良いところ見つけましたね。

 

でも〜。不思議じゃありません?

私の背丈ほどある花の位置。

このカエルはどうやって花の中が最高な居場所になるって分かったんでしょう。

それに、棘のある茎。どうやって登ったのかなぁ?

次の日も、じっと同じ場所にいました。

3日目は、隣の花に移り、やっぱり花弁の中に入って、目を細めて寛いでいました。

これが、おとぎ話なら、

「薔薇とカエルの王子」?

じゃあ、

王女は私?

 

な、わけないっつぅの。

(牧野風)

 

でもチューリップなら親指姫でしたね。

 

勿論、夫や夫の兄にも教えてあげて、みんなでカエルにご挨拶しましたよ。

 

今年は庭の色んな場所で、カエルたちに遭遇して、楽しませてもらいました。幸せでした✨

 

 

 

 

 

 

生い立ちの鎖を溶かす。

夫の兄と私は今回で会うのが3回目でした。5年の間に3回は、多いか少ないか分かりませんが、すぐ側には住んでいないのですから妥当といえば妥当なのかもしれません。

ですが、夫とその兄は、私が加わるまでは恐らく1、2年に一度は会っていたようですから、それを考えると、結婚してから減ってしまったことにはなりそうです。

この兄弟は、長らく離れて暮らしていました。年齢差があるので、ある意味自然かもしれませんが、年齢差だけでは説明できない、様々な理由がこの兄弟にはあったようです。

人はそれぞれ生い立ちというものがありますよね。子どもの頃の環境や条件というのは、子どもにはどうすることもできないものです。

特にこの兄弟は、ハーフという要素も加わるため、より複雑にそれらが絡んでいたかもしれません。

どんなに複雑な要素が絡んでいたとしても、それは子どもにとっては、何ら責任のないこと。

ところが、子どもにとっては、その責任がないことの影響を、ずっと背負いながら成長していくことが多いです。

この夫の兄にも、色々と心に閉じ込めていた想いがあるようで、実際に会えてはいない間には、電話でちらほらとそういったことについて触れ、お話をしてきました。

だから、久しぶりに会ったにも関わらず、逆に私と夫の兄との心の距離は縮まっていたのでしょう。

今回は、今までよりもずっとフランクに、思ったことを率直に言い合える関係性がありました。関係性が進んでいたので、ちょっとしたきっかけで、夫の兄が心の奥にギュッと持っている硬い核心にあるものの扉がフッと緩み、長年閉まっていた想いがスルスルと出てきて、話し出してくれたことは私にとっても、夫にとっても、感慨深いものでした。

「口に出す」ということは、なんてことのないようなことのようでもありますが、硬い想いを仕舞いこんでいる人にとってみれば、これほど痛みが生じることはないからです。

それを口にすることができた。そこまで本人の気持ちが動いた、ということは小さいようで大きな前進だからです。

人は誰しも心に痛みを抱えています。私は心理職ではありませんが、人が抱えている痛みに、寄り添い伴走し、それによって少しでもその人が壁を突破して、前を向いて歩いていくことができるようにと、そういうタイミングがくれば、働きかけを行うことがあります。

寄り添うとは、その人が苦しい中から自分の力で這い上がろうとするのを、支え、その過程で起こる痛みを共に感じることを寄り添うこと、と私は考えています。

身近な人に対して、そうしたスタンスを持ちながら、家族として接するのは、難しいことなので、その境界線に慎重に配慮しながら、でもフレンドリーに、やっぱり家族として、接するその気持ちが、きっと伝わったのだろうと思います。

 

夫の兄は、長らく兄として、弟である夫のことを見つめてきただろうと思いますが、しかし、実のところ、弟には弟の、兄には見せてこなかった、見えてこなかった苦悩というものもあり、そこについても今回は私が、雑談の中で見せていくことによって、初めて知った内容に、兄には兄なりの驚きを持って、更に弟に対して慈しみの気持ちを持ち、理解を深めた様子が見て取れました。

例え兄弟でも、お互いに知り得ない相手の気持ちや置かれた立場というものはあるものです。そこに初めて気づき、弟の立場からこれまでの出来事を振り返って考える兄の様子がありました。

何より、

「何一つ、自分たちのせいだったことはなかったじゃない?」

「でも、これからを選択するのは自分自身だよ」

と、私が言葉をかけた時の、目から鱗が落ちたような夫の兄の表情が忘れられません。

 

ソファに寄り添って座り、スマホの画面を見ながら、あれやこれやと楽しげに相談する2人の後ろ姿を見ながら、長く苦悩に巻き取られていた兄弟の鎖を、外部の私が、少しずつ、少しずつ、溶かし、断ち切っていくような、そんな役割を少し果たせたような気がしていました。

そういう他者が現れることを、この二人はどこか、待ちわびていたのかもしれません。

 

何より、この兄弟の表情が明るく、喜びに満ちていたことが印象的なシルバーウィークの終幕でした。

 

 

 

シルバーウィークは来客ウィーク②&馬三昧。

先週日曜日に来られた指導員の先生方が帰った次の日は夫の兄が、広島からバスに乗って、5時間かけてやってきた。

14時頃、大阪でピックアップして、車で自宅まで、、、と言いたいところだが、夫の兄からは行きたいところのリクエストが来ていて、そこに直行することになっていた。

この、夫の兄とは3年ぶりの再会になる。私が会うのは3回目。

夫の「兄」といっても、私からは約10歳下になるので、私から「お兄ちゃん」と呼ばれても、相手は変な感じがしているかもしれないけど。

そんな久しぶりの再会だが、時々電話で話したりするので、心の距離は逆に近くなっていた。

さあ、車に乗ったら速攻出発だ!と息巻く夫の兄。

どこへ?

それは、阪神競馬場。

夫の兄は無類の馬好き。初めてこちらに来てくれた時は、共に馬に乗りにでかけた。

今回は阪神競馬場で無料開放を行っているとあり、どうしてもそれに間に合いたかったらしい。15時半までには到着したいとな。果たして間に合うか?と、弟である夫は車を飛ばし、高速まで使い、兄の為に尽くしていた。

その甲斐あって、希望通り15時半には到着できた。というか、私が競馬場前で運転を代わり、2人を降ろし、そこからパーキング探しをして、後から追いかける方式にしたから間に合った。

レースがある日などは周囲のパーキングは軒並み🈵なのだろう。この日も既に全て🈵。徒歩で15分ほどのところでようやく空きを見つけ、私はテクテク歩いて合流した。

私は昔、この近くに住んでいたけれど、一度も足を踏み入れたことはなかった。競馬場が今の様に綺麗になる前は、レース開催日には阪急電車はベージュの作業着のような服を着たおじさん達が耳に赤鉛筆を差してぞろぞろと仁川駅の改札を出ていく様子を怖怖と見ていたりした。ギャンブルが嫌いなので、幾ら新しくなって綺麗になり、子ども連れでも大丈夫になったから、といわれても、行かないぞ!的な?スタンスでいたから当然か。

それが今になって、こんな機会が降って湧き、有無を言っている間もなく突入となった。

行って驚いた。ホントに綺麗で凄い。ゲートをくぐってすぐにパドックが見える。

右手の野外には噴水も見える。パドックを過ぎれば奥にレース場が広がる。パァッと目の前が開け、周囲の山々がバックに広がる。本当なら、周囲はぎっしり住宅地が広がっているはずなのに、設計が上手いのか、あまり住宅地が見えない構造になっている。だから、まるで自然豊かな土地で、伸び伸びと馬が走っているかのような錯覚を覚える。

無料開放デーだからか、いつもなのか分からないが、とにかく凄い人だった。

でも、レースも見ることができ、不覚にも楽しんでしまった。

馬たちが、ドドドと競り合ってゴール目掛けて走りぬけていく時には、ウオオオオオ〜!!と大歓声が沸いた。ただ、馬を見ての歓声ではなく、自分が買った馬券の馬を応援する力んだ歓声だ。

 

周りには若い人もたくさんいた。床に新聞を広げて這いつくばって検討している人もいた。そういったものをみると、やはりここはギャンブルの場には違いないのだな、と再確認したのだった。

レースの合間には、出馬していない馬によるホースショーが行われる。頻繁に上手にお辞儀させられているのを見ると可哀想にも思うが、覚えて自分からしている時もあり、馬は自分の役割を分かっていて、大勢の観客を前にそれはそれで楽しんでやっているところもあるのかもしれないな、と思わされた。

でもやっぱり馬は馬らしく、嘶いているのが良いな。

 

さて、1日目はこうしてリクエストに答えて終わった。

次の2日目はどうかというと、本当は鳥羽水族館に行きたかったらしいが、遠いよ〜ということで、夫の兄の動物欲を満たすべく、神戸のどうぶつ王国へ行くことになった。

ここは以前、花鳥園として人気があった場所で、子どもたちが小さかった頃、行って以来だ。どうぶつ王国になってどんな感じかな?と興味を持って行ってみた。

北摂には、宝塚ファミリーランドやポートピアランド、エキスポランドなど、動物園や遊園地が多くて華やかだったが、今や小さな動物園がところどころにある程度。

だからかもしれないが、シルバーウィークということもあり、久しぶりに訪れたこの場所も、小さな親子連れが、わんさか溢れていた。

ここにも入口近くのゾーンに馬がいた。ラクダもいた。

全体的には比較的、小動物が多い。

レッサーパンダ、マヌルネコ、ミーアキャット、コモンマーモセット、カピパラ、マーラ、コツメカワウソ、ナマケモノ、アルパカ、などなどがテーマ別にゾーン分けされていた。

ここで面白かったのは、マーモセットやマーラ、鳥たちが、室内で自由に離されていて、すぐ眼の前に出てくることだった。手を伸ばせば触れる距離。でも相手はおサルさん。1つ間違えば危ない。それを知らないのだろうか。お母さんがまだ幼い娘の顔を、おサルさんの顔の真ん前に押し出している。おサルさんの方が目を逸らし、ドギマギしているが、一触双発だ。係員さんが制止してくれたから良かったが、そうでなかったら私が声をかけていた。

大きいものではカバやバク、トラやシンリンオオカミ、クマなどもいた。それ以外にも書ききれないほど動物がいたので、予想外に良かった。

特に鳥たちが水辺で戯れているゾーンは美しかった。

ここでの馬は写真を取るエネルギーが残っておらず、取れていないが、3頭の馬が円形の広場で自由に動いていた。大きさが大中小に分かれている。中の大きさの馬が途中、神経質に頭を動かし、何やらイライラしていて、突如そばにいたミニチュアポニーに八つ当たり。恐らく虫が飛んでいて嫌だったんだろうなあと推測した。

動物を見に行ったが、ここでも思いがけず馬に出会うことができて、夫の兄もご満悦だったことだろう。

 

ここで弟である夫からGOOD NEWS。

三日目である次の日には、なんと5年前に共に行った、馬に乗せてくれる場所の予約が取れたので、また行けるというのだ。

これには夫の兄も目を見開いて喜んだ。

そこは高い費用がかかる乗馬クラブではなく、ボランティアで馬を飼って、希望する人を乗せてくれるという場所。馬は4頭いる。

料金は、その人が入れてもいいな、という金額を箱に入れるシステムだ。

この兄弟と5年前に行ってから、療育施設の子どもたちを連れても一度行ったことがある。子どもたちも大きな馬に乗せてもらって大喜びだった。

前は、かなり広場まで歩いて移動しなければならなかったが、その広場が使えなくなり、途中の広場に変更になったとかで、私にとっては負担が減って喜ばしかった。

その広場まで、馬の手綱を引いて歩かせてもらえる。

馬も、子どもたちと同じなんだな。引く人によって態度を変える。夫は優しいから、馬にも子どもにもいいようにされる。私の場合は、こりゃいかん、と指示に従ってくれる。

広場についてからは、ひとしきり草を頬ばった後、一番大きな馬に順に乗せてもらう。競走馬ほどではないが、かなり大きな馬だ。台に乗らないと鞍に乗ることができない。

私はケガをしたくないので、乗らないと言ったが、せっかく来たんだから、と担当者に言われて結局乗ることに。前も確かそうだった。この馬の背中から落ちたら、無事では済まないなぁと思う。担当者も、いつ何があるかは分からないので、心づもりはするように、と声をかけてくれる。

何とか私は振り落とされずにすんだ。

しかし、中くらいの馬に、もう一人ついてきてくれていた女性の担当者が乗って、走っていた時、大人しく草を食べていたポニーが急に動いたのに驚いて、その馬が一瞬速度をあげ、乗っていた女性が背中から地面に落ちてしまった。

慣れていてもこういうことがあるのだから、やっぱり気は抜けないなぁと実感。

でも2回目だったので、少し要領が分かった気がした。

ここでも、中くらいの馬が、昨日の馬の様に頭を振って神経質そうな素振りを見せていた。聞くとやはり虫が纏わりつくので嫌なんだそうな。昨日の推測は合っていたのかもな。

2時間ほど楽しんで広場から引き上げる時、奥の方で、まだまだ草を食べたいと、担当者の声かけにも動かないポニー2頭がいて、近くにいたので、私が「帰るよ!」と代わりに声をかけてみた。

子どもたちにかける声のかけ方を意識して使ったところ、反応のいい方のポニーがひょこっと顔を上げた。

こりゃ、いけるな、と思い、そばに行き、

「さあ!行こう!さあ!」と誘導すると、この反応の良い方のポニーが指示に沿って動き出した。

さあ!さあ!と更にけしかける。

ポクポクと走り出したところ、反応が悪い方のポニーが、ドドドと後を追ってついてきた。よかった。よかった。

こういうところも、子どもたちと同じだなぁと妙に感心しつつ、馬にも通じてニンマリ喜んだ。

実際は「声」だけじゃなく、ちょっとした非言語のボディランゲージも使っているので、それも馬や動物も見ているんだろうけどね。

でも、言語も非言語も使えば、言葉が通じない動物とでも、心は通うな、と思った出来事だった。

また、馬たちの手綱を引いて、小屋まで歩いて帰った。

最後はお礼の人参をあげて、ほっこりしてからさようなら。

そういえば、中くらいの馬が、人参を食べたあと、動きたい方向に夫の兄が遮る形で立ったので、カプッ!と思わず噛まれていたなぁ。甘噛だったけど。油断大敵。まあ、それもいい思い出になってくれたことと思う。

こうして3日感、馬を見たり触れ合えたりという体験をして、大満足で夫の兄は高速バスに乗って帰っていった。

これはそこの担当者さん、というか主。

お尻が丸くて可愛いのよ♡

 

 

 

シルバーウィークは来客ウィーク。

シルバーウィークは、来客で始まり、来客で終わっていった。

最初にやってきたのは療育施設で働いていた時の指導員の先生が2人。

2日目の先週の日曜日のことだった。

この指導員の先生たちは、オープン当時に入職された最初の人たちだ。

私より少し早く退職し、現在はそれぞれ他所の放デイで働いている。

私も退職してから3年半が経つ。

今では他の先生方も皆、殆どが学校や他所の放デイでがんばっている。

お互いに離れても、時折こうして集まっては、色んな話をしている。そうやって集まることができるというのは良いものだなと思う。

でもいつも、必ず最後には療育の話に戻る。

みんな、真面目で誠実な人々。

私は最初に勤めていたところを辞めてから、次に移る時には、今度は絶対に志高い人を選ぼうと決めていた。

資格云々というよりも、まずは子どもたちに、真摯に向き合い自己研鑽しようとする質を持つ人。

そのためには、複雑な支援の世界の人間関係や大変な子どもたちからの揺さぶりに負けない精神力が必要になる。

揺さぶられても揺るがされない、一人一人が精神的に大人な人。しっかりと両足で立っていなければ、立ちどころに崩れてしまうからだ。

そういう質を見極めながら選んだ先生方だが、それは原石の状態なので、必ず上記のことについて、まずは初任者研修で一人ずつ、説明していった。

初めは何のことか分からなくても、少しずつ指導をしていき年数を重ねる毎にその意味が分かるように導いてもいく。

幸運だったのは、この先生方が、私の元で劇的に変わっていく子どもたちの成長を目の当たりにできたことだった。

百聞は一見にしかず。

当たり障りのない支援ではない支援を、行うことのリスクと効果の両方を、余すところなく見せていったことで、その成果を実際に肌で感じ、私が伝えていることの「意味」を理解していってくれた。

同じ事を行うのは難しいだろう。

ただ、何を信じて進めばいいか、その一番大切な部分を掴んでもらったことは大きいと思う。

そんな先生たち。きらめきチルドレンと他所の代表者から呼ばれたりするようだが、それなら安泰化というと、そうは簡単にはいかないようで、うちに来てくれた先生たちでも、勤め先を変えてから、それぞれ2カ所目、3カ所目と、ここ数年の間に転々と事業所を変えることを余儀なくされているようだ。

色々と、模索はしているようだが、なかなか思うようにはならず苦戦している。

一つは、きちんとしているところが少ないこと。

代表者に難があることが多い。

次に療育方針。

そして待遇。

共に働いてくれていた先生方は、「志」優先で選んだだけあって、大変なお子さんがいるからという理由は辞める理由にはならないようだ。どちらかといえば、大変なら大変なほど、心寄せ、可愛く思う人たち。

志高いからこそ、子どもたちの利益にならないことには我慢がならない。

私の元では厳しくて、へこたれることもあったかもしれないけれど、周りを知ってみると、筋の通っていない雑な療育を行っているところが多くて、壁にぶち当たっているようだった。

この世界のおかしなところは、真っ当な療育者が、真っ当に扱われないことだ。

誠実で、真っ直ぐで、心温かな志高い人が、粗雑に扱われる、この不条理さ。

私はそこにいつも納得がいかない思いを抱いている。

真っ当な人ほど、手厚い賃金をもらい、正当な評価をされ、大切にされなければならないのに、現実はその逆だ。

真っ当な人ほど、搾取される。

だからこそ、勉強が必要なのだ。

浅い考えの療育方針を持つ同僚からの圧力に、対抗するには、相手が納得するだけの説明や、結果を出さなければならない。

療育は、1+1=2というような単純なものではないから、何が正しいかなどと誰が見ても分かるようなものではないから、そこが難しいのだが、だからこそ、行動で圧倒的な差を出すとか、道筋立った説明ができなければならなくなる。

闇雲に、行動してもダメなのだ。

そこに論理がなければならない。

だから、勉強が必要なのだ。

ずっと、最初からそのことを説いているけれど、論理を手にするのもまた一朝一夕にはいかないことだから、苦労するのだね。

眼の前にやってくる一つひとつの情報は、パズルのピース。

ピースは多ければ多いほどいいけれど、ただ持っているだけでは、ただのピースでしかない。

それを適切なところにハメていき、絵を繋げていくには、上下左右の情報と、どうすれば繋がっていくのか考える思考力が要る。

その思考力で、ピースをハメていくことを繰り返し、一枚の絵になる過程を、覚え、完成した絵をもう一度ひっくり返してバラバラにしても、また、同じように、更に速く、上下左右の情報を元にハメていく方法を編み出したりしながら、再び一枚の絵に収めることができれば、そこに一筋の論理が形成されて自分のものにできるときがくる。

その説明も、ずっとしているけれど、それがまた困難な道なのだろう。

私は1人前の療育者になるには、早くても10年はかかると思っている。

非常にセンスが良くて5年。

ぼやぼやしていると、10年経っても1人前にはなれない。

だから、搾取されず、自分が信じる、良い療育を行い、真っ当な評価を得る為に、勉強し、強くもならなければいけないよ、と、そんな話しもしながら、それぞれの生活の話などもして、楽しいひとときを過ごした。

 

療育は難しいからこそ、複雑な絡み合った事柄を理解できるだけの記憶力と思考力、そして体力、気力が必要だけれども、それ以上に大切なのは、誠実な人柄だと、この日、やって来た先生たちを見て、また確信を新たにした。

残念なのは、誠実で人柄が良い人々は、欲がないことだ。

この、福祉にこそぴったりの、欲がない先生たちこそが、報われる日が来ますように。と願いながら、その後ろ姿を見送った。

 

 

1週間が経ち。

抜糸をしたが、、、

完全には塞がっていなかったらしく、、、

「強力なテープ」

とやらを、バッテン❌️に貼られ、

 

「剥がれるまで貼っててくださいね」

 

とのことだった。

ガーーーン。

 

ちょうど受診の時間が、親子の運動の会の時間だったので、さすがにお休みさせてもらった。

ケガをした時も、麻酔を打たれている時も、縫われている時も、縫われた後も、全然痛くないのに、いつも、抜糸が一番痛いのはナゼ?

 

チクチクチクチク。

糸を引っ張るからね。

抜糸がキライ。