きらめき 綴り

困難を抱えた子どもたちと、日々格闘しています。その中での心の煌めきを大切にしています。

娘の巣立ち。

娘が、「生きるってしんどい」と呟くようになった。

そう。生きるってしんどいよね。

鬱だからだ、というけれど、

結構みんな、そう、思ってるんじゃないかな?

 

娘は1月から就職し正社員になった。

大学生の頃からパニック障害を発症し、、、いや、先に中学生の時に不安症を発症し、給食が食べられなくなった。

それ以来、外食が苦手になったし、電車も乗りにくくなった。

建築やクラフトなどのデザインを学ぶ為、大学に通ったが、課題の直線が引けなくなった。

デザイン系の学科は課題が多く、提出前は泊まり込みになることも多いと説明会で聞いていた。

そういう学科で、奮闘しながら頑張っていたが、どうしても電車に乗れなくなり、スクールカウンセラーに相談したが、対応が悪く、本人が上手く状況を飲み込めなくなったらしい。

コロナ禍でのオンライン授業が終わり、通常の通学でないと単位がもらえなくなった。

それは国が決めていることなので、平等性という観点から、パニック障害を持っているからといって、個別対応でオンラインでの授業参加という配慮ができない、というのが大学からの説明だった。

ただ、そのスクールカウンセラーの説明では、言葉が足りず、逆に不配慮な態度を取られたことで、必死に前を向いてなんとか学業を続けたいと願う生徒の心に光を届けてやることが出来なかった。

娘は頑張り屋で、なかなか本当のところの泣き言を言わないが、相手がスクールカウンセラーだったので、私もこういう仕事をしているし、親として、大学へ行き、対応に出てこられたそこの心理学科の一番偉い先生に、配慮が必要な学生が拠り所とするスクールカウンセラーが、例え国の決まりだとしても、それを本人が上手く飲み込めるように言葉をチョイスしながら説明することが出来なかったということが非常に残念に思うと伝えた。

その先生は、物腰も柔らかく、こちらへの配慮も伺えたが、言葉の言い回しにどうしても大学側に都合の良い解釈が滲んでしまう。

こちらの説明をよく聞いておらず、歪曲してしまうところもあり、何度か冷静にそういった齟齬がある点を説明し、やっとこちらの主張を飲み込まれたようだった。

「大変勉強になり学ばせていただいた」と言ってくださったが、だからと言って娘の状況が変わるわけではなかった。

できる限りの配慮を考えては下さったが、時すでに遅し。娘は大学に通う気力を失い、退学することを決めた。

大学で、学生達に心理学やカウンセリングを教える教授でも、なかなか相手の「意向」や「意図」を掴むのは難しい。それで大丈夫なの?と心配になった。

 

そんな経緯で大学は中退し、それからというもの・・・・

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きらめき療育論:重度自閉症児を持つ母たちの、深い悲しみと懐の深さ。

我が子が外で、わざとではないのだけれど他のお子さんに叩かれたり蹴られたりしたと家に帰ってきて言った時、「憤りを感じない」というお母さんはいらっしゃいますか?

 

「全く腹が立たない」

「どうでもいい」

という方、いらっしゃいますか?

 

中には、我が子がそんな場面に遭遇したことで、母である「自分のプライド」が傷つけられた、として烈火の如くお怒りになる人もいらっしゃいますが•••••。

恐らく多くのお母さんたちは、我が子が遭遇した出来事に、

「どんなに痛かっただろう」

「びっくりしたかもしれないな」

「つらかったね」

「悔しかっただろうな」

と、その時の子供の気持ちに寄り添い、受けた処遇に心を痛められるのではないでしょうか?

 

その後の対応として、

親として代弁してやらなくては、

とか、

同じことをまたされない為に、きちんと対処しておこう、

相手の親や、学校などその出来事が起こった場所の関係者に謝ってもらわなくては!

 

など、どのような行動をされるかは人それぞれですが、何か行動に移される方が圧倒的に多いことと思います。

 

では、我が子がそういう場面に遭遇し、何らかの被害を受けたということを学校や、お通いの習い事、若しくは児童発達支援事業所や放課後等デイサービス、友達のお母さんなどからご連絡を受けた時はどうでしょうか?

 

まずは冒頭の様な居たたまれない、なんとも言えない悲しい気持ちになられますよね。

その後、少なからずとも怒りというものは湧くのではないかと思います。

 

私は、学校や学童、そして療育施設で働いてきた中で、そういった、どうしても避けられなかった出来事というものを見てきました。

学校や学童では特に被害を受けてしまった側の保護者の多くは、激しい怒り、静かな怒り、そのどちらにしても、まずは厳しい雰囲気というものを発せられることが多いと思います。

時には深刻な問題として、話し合いがなされることもあるでしょう。

更には、そんな出来事を防ぐことができなかったことについて、痛烈なご指摘がなされることも多いと思います。

 

それだけ我が子を大事に想い、守ってやらなくてはという親の気持ちは強いということの現れなのでしょう。

そしてその気持ちは、子を持つ親なら誰しもが持つ感情なのではないでしょうか。

 

そんな中で、同じような報告を受けたとしても、少し違う反応を返される親御さんがおられます。

それはどんな方々かというと、

重度の知的障がいを併せ持っておられる自閉症児の親御さんたちです。

 

自閉症は現在自閉スペクトラム症と呼ばれ、その症状は人によって千差万別で、広汎性発達障害アスペルガー症候群高機能自閉症などと以前は分類されていましたが、判定が複雑で難しいことなどから、連続体としてのスペクトラム症と呼ばれるようになりました。

連続体の中には、支援の必要度の高い方を頂点として、徐々に低いと思われる方々へと裾野は広がっていくという考え方なのですが、その中でも、強く支援を必要とされるお子さんをお持ちの親御さんほど、周りの親御さんたちとは違った反応を返されるのです。

 

それはどんな反応かというと、

「お互い様なので」

という冷静で、穏やかで、謙虚な反応です。

 

一番に支援が必要なお子さんに対して、例えわざとではないにしろ、何らかの危害が加わったとしたら、本当なら烈火の如くお怒りになってもおかしくはないその場面で、この重度の知的障がいを伴う自閉症のお子さんの親御さんは、どうして冷静で、穏やかで、謙虚な反応を返されるのでしょうか。

 

発語がなく、起こった出来事を理解することが難しいだろうと思うから、でしょうか?

それは全く違います。

では、親として心が傷まず平気だということでしょうか?

それも、全く違います。

 

ではなぜ?

 

それは、、、

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コーヒーブレイク。〜チルアウトする休日の午後。

休日の昼下がり。

どこへ行くでもなく、

ゆったり過ごす。

 

窓辺で明るい日差しを浴びながら、

軽く音楽を流し、

ブログを書いたり、本を読んだり。

 

私の中で、

長く続いたハードロックブームは

落ち着きをみせ、

この頃は、

流れていても妨げにならない

心地よいジャズや、

Chill Musicとやらをかけている。

ゆったり、くつろぐことを、チルアウトというらしい。

 

家事をしなければならない午前は

軽快な洋楽や、

大好きな曲をかければ

どんどん捗る。

 

でも、

午後は、そういうまったり感がいい。

 

私もようやく穏やかなシーズンに入ったということか。

 

最近のお気に入りは、

コーヒーを飲みながら、

薄く切ったグラナパダーノを

つまむこと。

 


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南インドの風が広がる。

今週のお題「最近おいしかったもの」

 

単刀直入に言います。

グランフロント大阪南館B1にある、エリックサウスのチキンビリヤニ

これ、美味しいです!

 

インドに行ったことがある方は大勢いらっしゃるだろうし、インド料理店は今や街のあちこちにあり、とても身近になりましたけれど、南インドに行ったとか、南インド料理を食べたよ!という方はどれくらいおられるんでしょうか?

私は勿論行ったことありませんよ。

インドにだってありません。

インド料理は夫と一緒になるまでは、ほぼ馴染みがなかったくらいです。

それが最近になってよくインド料理のお店に行くようになったんです。インド料理も美味しいですね!お店によって、同じメニューでも全然違いますもの。

私はすっかりインド料理が好きになりまして、なかでもビリヤニに今絶賛ハマり中だったんです。

 

大阪の金子眼鏡店に行った日も、丁度脳内をビリヤニがウロウロしてたんですよね〜。

「食べたいなぁ」って欲していました。

 

お昼を過ぎて、そろそろ何か食べようかと、気軽に食べられそうなお店を求めてグランフロントのB1に下りました。

そこでこのエリックサウスというお店、見つけたんです。

こじんまりしたお店です。

カウンターが何席かとテーブルが2、3席といったところでしょうか?

南インド料理って何?

と思ったんですけど、パッと見は定番のメニューとあまり変わらず、ビリヤニがあったので、迷わず私はそれにしたんです。

チキンビリヤニプレートです。

夫はナンとカレーのセットの南インドミールス。これは南インドは菜食カレーが主役だそうです。

 

店員さんが私にビリヤニパクチー入れていいですか?って言うので、

「いいですよ」

って返事しました。

実は私はそれほどパクチーに強いわけではありませんが••••。

夫が大好きなんですよね。山盛り入れたい人です。

なので、私も好奇心旺盛なもので、いつも同じようにトライして、新境地を目指しておりました。

だからこその

「いいですよ」

なのです。

 

ところがですよ。

運ばれてきたものは、なんだか他のお店に比べて洗練された感じのビリヤニで、パクチーはとても繊細に彩り程度に散らされておりました。

レモンピールの黄色とパクチーの緑が、見た目にも軽やかで何だかとても美しかったです。

そしてこのバスマティライス。吹けば飛んでいきそうなほど軽いのが、見ただけでもわかりました。掬えば溢れそうなほどにサラサラなんです。

こんなに軽くて頼りなさげで、大丈夫?と思いました。

だけど、食べてびっくり玉手箱。

何種類ものスパイスの味が絡み合う中、レモンピールとアクセントのパクチーの爽やかさがプラスされて、食べたことのない刺激が一気にやってきました。

口いっぱいに、行ったこともない南インドの風が広がった。そう説明するのがぴったりです。

カレーソースを一種類選べるのですが、少しずつそれを混ぜながら食べても絶品でしたね。

パクチーって、こんなにほんの少量でも、存在感があるんだ!使い方によって、こんなに爽やかなアクセントになって活きるんだ!と感動しました。

程よいスパイシーさですが、一旦リセットしたくなったら、ライタというヨーグルトサラダを一口食べれば一遍に何事も無かったかの様に解消されます。すごいですね〜。このライタも美味しいんですよね。

無言で食べ進めながら、私の脳内ではずっと南インドの海岸線や川の流れに沿って飛行しながら、その風景を眺めている感覚にとらわれていました。行ったことはありませんが••••。

 

同じ料理でも、南インド料理は少し洗練された感じです。地域によって、これほどに変わるんだということに驚かされましたね。

 

すっかり虜になった私たち。次に金子眼鏡店に眼鏡の代金を支払いに行った時も、勿論同じメニューを食べました❣

 

ビリヤニ好きのあなたも、まだ食べたこと無いというあなたも、1度エリックサウスのチキンビリヤニ、お試しあれ。

これがチキンビリヤニ。中にチキン、2本隠れてます。大盛りを選ぶと3本になります!

こちらは南インドミールス。下にバスマティライス隠れてます。バスマティライスとカレー、おかわりできます!

 

 

きらめき療育論:愛され王子。

世の中には、生まれながらにして人から愛される要素を備えている人がいます。

 

それは天性であり、羨ましく思っても、真似できることではありません。

 

容姿が良くても、それだけでは愛されません。

心が美しくても、それが表面に出てこないと、なかなか理解されません。

どんなに人と仲良くしたくても、伝え方が悪いと仲良くなれません。

両親からどんなに無条件で愛されていても、他者からも同様に愛されるかというと、それほど容易くはいかないのが現実です。

 

人から愛される、というのは、条件が揃っていて初めて叶うものなのかもしれません。

 

ところが、それを叶えた一人の男の子がいました。

彼は自閉症のお子さんです。

とても可愛い男の子で、ご両親や祖父母はたいそう可愛がっておられました。

療育施設の職員も、みんなこの男の子が大好きでした。

 

なのに、なぜか子供同士になると、その子がどんなに一生懸命誘っても、誰も彼の友達になってくれようとはしませんでした。

それどころか、どんなに大人が繋いであげても、逆に嫌われ拒否される一方でした。

とても可愛いくて、心が美しくて、人がとっても好きで仲良くしたいと思っているのにです。

 

今回は、そんな彼が、療育を通して学んだことを、自分でも必死に練習した結果、ちょっとしたことを習得したことで、気がつけば周りの友達の誰からも愛される「愛され王子」になったお話です。

 

子供社会は、私たちが思っている以上に厳しく、法則で成り立っていることをひしひしと考えさせられるお話で、それは私たち大人にとっても共通の、身につまされるものです。

自閉症のお子さんに、なかなか友達ができなくてお困りのご両親様、いじめ問題にお悩みの方、子どもの社会に関心をお持ちの方等にも読んでいただきたい内容です。

 

さて・・・・・。

この彼は、どのようにして「愛され王子」へと変わっていったのでしょうか?

 

 

小学校入学当時の彼は、思ったことをそのままの言葉で人に話すことが難しいお子さんでした。

頭の中に何か思い浮かんでも、口にしてしまうのは、その頃強く関心を持っていたキャラクターや物の名前でした。

例えば・・・、

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新しい仕事。〜仕事は扉の向こうからやって来る。

少し前に、「2024年にやりたいこと」というお題があったようですね。

 

今年ももう始まって4週間が経ちますけれど・・・。

 

私、実はこれまで、無言実行派でして。

叶うかどうかもわからない夢や希望や展望や野望は胸に仕舞い、誰にも言わないで、黙々と、着々と、準備はしておき、タイミングという名の大きな波がやって来たら、すかさず乗る・・・というスタイルでやってきました。

だって、もし口先だけになったら恥ずかしいじゃないですか。

途中で路線変更する可能性だってあるわけですし。

だから、恐らくかつて今まで、一度も「〇〇をしようと思ってる」とは言ったことがないんじゃないか?とすら思います。

 

でもそうやって、黙々着々と密かに狙いを定めて動き出していると、それは何か想念の力となり、「祈り」のようなものになっていくようで、自然と道が切り開かれていくというような体験をこれまでしてきました。

私の経歴からすると、そういった意味では療育施設の管理者や計画を作る責任者になったというのも、非常に稀なケースで、今思うと、運が良かったなあ・・・としみじみ思います。

 

こんな風にして、私は振り返って見ますと、昨日記事に書いたように、負の先払いをしながら、一足飛びに、ホップ、ステップ、ジャ〜ンプと、駆け上がっているように思います。

誰にも言わないからこそ、それは秘めたる力としてパワーが強くなっていたのかもしれません。

 

だから、今年やりたいことがぼんやりとでもあったとして、こうしてブログで書くかといえば、「いや、書かない」なんです、本当は・・・。

書くとすれば、実現してから。のはずなんです・・・。

 

 

ところが、ところがところが、

そんな、私なのですが・・・。

 

昨年の終わり頃、ある方のところに赴き、お話をしていると、不思議なことに、療育施設の管理者を辞めてから、一人あれこれと構想を練り胸に秘めていたことが、私の許可を得ず、勝手に口からどんどん流れ出て、一人歩きし出してしまったのです。

しかも、「私は〇〇がしたいんです!」「〇〇と考えているんです!!」と、言ってしまったんです。

それはそれは流暢に、内心の戸惑いを他所に、話して止まりませんでした。

相手が、私のメンターのお一人だったからかもしれませんが、それにしても、一体どうしたっていうんだろうか?こんなことは今までなかったことなのに・・・と、帰り道でも一人首を傾げながら帰宅しました。

 

私が構想を練っていたことというのは・・・

それまで勤めていた施設がある市の、30は優に超える療育施設を、療育アドバイザーとして巡回する、というものでした。

全国的に、療育施設は5、6年前から見ても爆発的にその数を増やしましたが、実際、質の高い療育が行われているところは少ないです。

どう対応していいかわからずに困っている指導員や責任者の方たちは多くいらっしゃると思うので、自分の気持ちや意向を上手に伝えることができない子どもたちへの理解がもっと進み、きちんと成長していくことのできる療育が行われるように、アドバイス及び指導をする役割を担いたい。そう考えていました。

 

これまで、度々、後進を多く育てる側に回っては?というお声を頂いてきました。

私が行っていることを、多くの人が共有できれば、もっと多くの子供たちを改善に導くことができる。自分の事業所の子供たちだけでなく、市、いや、もっと全国に広めに行くべきだと。

それは、とても有難いお声でした。

 

だけど、障がいを持ったお子さんが、あたかも障がいを克服したかのような成長を促す為には、相当な時間と、根気、そして全霊を注ぐほどの熱意が必要です。

そして、それは大変に難しい、ということを知っています。

他の方たちに、少し説明したからと言って、即理解でき、簡単に習得に繋がるはずもなく、恐らく一人の人が習得するまでに少なくて5年、普通で10年かかるだろう。それならば私は、目の前のお子さん一人一人に向き合い、確実に、着実に成長に繋げていってあげる方が結局は早道になるだろう。そう考えていました。

現場から離れてしまっては、それができなくなるのです。

 

ところが結局、私は母の介護のこともあり、責任者という役職から離れました。

すると、どうでしょう。やはり、現場は混乱し、カオスになってしまったようです。

 

その現状を知るにつけ、次第に私の気持ちが変化していきました。

責任者という仕事の仕方はもうしないけれど、もう少しフレキシブルに動くことができ、そして混乱してしまった現場や他にも困っている方々に少しでも良い方法を手渡してあげることができたら・・・。

あんなにも、手を広げることに抵抗があったはずなのに、それから程なくしてガラリと状況が変わり、一人でも多くの後進を育てよう、そう思えるようになろうとは。

自分でも不思議でした。

もし、そういった働き方が出来るとすれば、それは市から派遣されて巡回する指導役だろう。そう考えてもいました。

私が在職中にもその市の担当部署の課長さんが、市内の事業所全体の質を揃え、保つために、そういった働きかけをしたい、と話していましたから、きっと需要はあるということは知っていました。

しかしそれを実行に移すには、タイミングが大切です。

私のタイミングと、市の担当部署の業務のタイミングとが合うかどうかが問題でした。

私の予想ではおそらく12月がそのタイミングです。

 

今だな。

そう狙いを定めた日に、市の担当部署を訪ね、在職中にお世話になった課長さんに私の計画を打ち明けました。

結果、即「全力でバックアップする」というお返事をいただきました。

 

なんと。

パカっと、新しい道への扉が開いた瞬間でした。

 

以前、「仕事は扉の向こうからやってくる」と教えてくれた人がいました。

一生懸命仕事をしていれば、きっとそれを見ていてくれる人がいる。やがて、それが口伝えに伝わり、仕事の依頼がやってくる。そんな意味だったと思います。

「本当に、扉は開いたなあ」

自分でも驚きでした。

 

在職中に、その課長さんから「市内の事業所をまとめる役をしてくれないか?」というお声掛けもいただいていたので、きっと今回の私からの提案もすんなりと受け入れていただけたのだろうと思います。

今までの苦労が報われた瞬間でした。

 

ただ、一つ、私にノルマが課せられました。きっと皆さんなら、それは大したことではないかもしれませんが、私にとっては少々苦手なことで。

そこで少し躊躇し足踏みしています。

この、壁さえ乗り越えたら、本当に今したいと願っていることが叶うのかもしれません。思案のしどころです。

するかもしれないし、もしかしたら、しないかもしれません。

 

さて、もう一つ。

私にはしたいことがありました。

それは、こじんまりとしたものでもいいから、自分の教室が持ちたい、というものです。

それも、メンターに話していました。

他に、もう一つ別で、関わりのあった親子さんたちと作った個人的な会は持っているのですけれど、ここではそれとは違った個人療育の教室を持ちたいと思っているのです。

教室を持つとなると、部屋を借りて家賃が発生しますし、それ相応の用具も必要です。今の私にはそこまでの財力はありません。

何か良い方法があったらいいなあ。

そう考えていた時でした。

 

昨年の夏ごろから、お声かけいただいて、時々、障がいを持った子どもたちが緩やかに運動する場に介助のボランティアとして参加しているのですが、その様子を見て、そこの役員さんたちから、今市内に一つしかないと言われている2歳、3、4歳の幼児たちの親子体操教室の講師が一人お辞めになるので、そこに私はどうか?というお話を頂いたのです。

それは障がいをもつ子供たちの体操教室ではありません。

ただ、今は発達障がいの子供たちもその中に含まれているだろうと思いますし、現代の子たちは特に体幹が弱く、運動不足により体の発達も遅れがちです。障がいのあるなしに関わらず、小さい頃から体の使い方を教えてあげることでしっかり体を使えるようになり、それによって発達を促進させてあげることができれば、随分その後の成長は違ったものになるでしょう。また、子供たちとの関わり方やアシストの仕方を保護者の方達にペアレント・トレーニングとして教えてあげることができれば、ご家庭内での関わりも随分楽になられにるのではないかと思います。

障害児たちの発達の促進に運動は欠かせません。それは定型発達と言われる子供たちにも言えることです。

何十年と続いたその教室が、今存続の危機にあると聞いて、かなり思案しましたが、週に1回ということなので、とりあえずこのお話を受けることに決めました。

 

先週、初めて第1回目の体操教室(2歳児と3、4歳児の2コマ)に参加してきました。たった1日でも、子供さんへの誘導の仕方を伝授してあげると、「へえ、そうなんだ!」とすぐに実践されて、上手に我が子と遊べるようになったお母さん方がいました。

 

そうして教室を終え、帰ろうとした時でした。

そこのスポーツ施設の職員さんから呼び止められました。何やら話があるそうです。

その話というのは、スポーツ施設の部屋に空きがまだあるので、今後の計画として、障がいを持った子どもたちの運動教室を開くというのを模索している(現在、市内に公の本格的な教室はない)のだけれど、私に相談したい、というお話でした。

私が講師になる可能性はあるか?というで、

可能性?

それはありありです。

とお返事しました。

というか、個人ででも、ここのお部屋を借りて運動教室ができないか?と聞こうと思っていました、と。

 

公共施設での公の教室運営と、個人の教室とでは、収入や仕組みが全く違ってきます。けれども、場所が提供されて、利用者も募集されて、そこで障がいを持った子供たちやその保護者さんたちに、直接関わり役に立つことが出来るとしたら、そんな嬉しいことはありません。

公共施設なので、市が絡みますから、実現したとしてもまだ先のことになるでしょうし、本当に実現するかどうかもまだ分かりません。

でも、そういったお話をいただけるようになった、ということが今はとても嬉しいです。

 

仕事は扉の向こうからやってくる。

これは、日頃の自分の仕事ぶりを見ていた人から仕事の依頼をいただける、ということですから、そう意味では、市内の療育施設を療育アドバイザーとして巡回するというのは、私がトントントン!とドアをノックして扉を開けてもらった、ということになりますが、幼児の体操教室の講師や、今後の障がいを持った子供たちの運動教室というのは、扉の向こうからやって来たものなので、まさに昔教えていただいたことと同じです。

いつか、私も、人様から仕事を依頼されるような人間になりたい。

そのためには日頃誠心誠意、心を込めて他者のために持っている力を惜しみなく使っていきたい、と心に刻んできました。

小学校での介助員が療育施設の責任者の仕事に繋がり、その後療育アドバイザーになり、そこから収入には繋がらないけれどボランティアの声かけをいただき、そしてそれがあったからこそ幼児の体操教室に繋がり・・・、

 

いつの間にか私にも、仕事が扉の向こうからやってくるようになっていました。

 

 

この先の展開はまだまだどうなるか分かりませんが、

 

2024は夢広がる!といったところです。

 

 

 

 

 

 

運気が変わる前には•••••。正負の法則。負の先払い。

転職、転勤、結婚、出産、引っ越し•••などなど、誰でも一度は身の回りの環境がガラリと変わることがありますよね?あると思います。多分。

そんな、ガラリと変わる直前に、決まって何か、いつもと違うことが起る!って方はいますか?

その、いつもと違うことが起る!という現象に、何か法則がある!って方はいますか?

必ず、転ぶ!とか、誰かから連絡がある!とか、宝くじが当たる!とか、なんでもいいのですけれど、いつも似たようなことが起る。

例えば、嫌なことが起る、とか、逆に、良いことが起るとか。

そういう、起ったことに何か一貫性があると法則というのでしょうね。

そして、その法則が良いものなら、正の法則。嫌なものなら負の法則。と、いいます。

 

世の中には、幸せな人、不幸せな人、とがいて、一見不公平に見える人の人生ですが、それぞれの長い人生の中では、良いことと悪いことというのは同じくらいづつ誰もが経験しているものだそうです。

その、良いことと悪いことが同じくらいずつやってくることを正負の法則といいます。

良いことが起こった後、同じくらい悪いことが起こることもあるでしょう。

悪いことが起こった後、同じくらい良いこととが起こることもあるでしょう。後者の、良いことが起こる前に悪いことが起こることを負の先払い、ともいうそうです。

今回は、私には、そんな正負の法則負の先払いといわれることが、どうやらあるようだ、というお話です。

 

私は、以前に、「人生の周期」と題して記事を書いています。これには、私の人生の中には周期のようなものがある、ということについて書いています。

どんな周期かというと、転居には13年。転職には5年。というサイクルがある、というものです。

 

kiramekituzuri.hatenablog.jp

 

そして、今回は、もう1つの法則性があるんじゃない?と気付いたことがあるんです。

 

それは、大きく運気が変わるタイミングに起こります。

どういうことかというと、新しい仕事が始まる直前に「事故に遭う」んです•••きゃぁ(汗)

 

それも、あと2、3日でその新しい仕事が始まるよ!っていうくらいの直前なんです。

「事故」にも色々ありますが、ここにも法則がありましてね。

どんなことかというと••••

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