私が小学校で介助員(今で言う支援員)をしていた時、支援級には連絡帳というものがあった。
普通学級にも連絡帳はあるけれど、それよりも支援級の連絡帳は圧倒的に保護者からの悩みが綴られていることが多かった。
毎日ノートを開くと、そこには学校から帰って寝るまでの様子、上手くいったこと、上手くいかなかったやり取り、トラブル、こだわり、嘆き、悲しみ、といったことが綴られていた。
子どもが学校から帰ってきてから、宿題に一緒に取り組み、ご飯を食べさせてお風呂に入れて寝かしつけるまで。それがどんなに大変で戦場でサバイバルか、私は知っている。
だから、そんな戦場でサバイバルな中、子どもが寝静まった深夜や、まだ起きてこない早朝に、ノートを開いて起きたことを思い出しながらまとめ、書き出していく時間というものは、保護者にとって一種の写経のような、心を落ち着かす為の時間ともなっていることも知っていた。
頭の中に渦巻くあれこれに思いを巡らせながら、鉛筆を動かすことでアウトプットしていき、体外から出す行為。
それは形は違うけれども、上手く作用すればマインドフルネスの様な役割を果たす。
それは、私が実際にわが子の時に経験したことでもあった。
だから、知っている、のだ。
私は介助員だったけれど、この保護者から支援担に渡される連絡帳を共有していいということになっていた。
自分が支援担に代わって国算理社以外にも体育、図工、理科、音楽、家庭科などについていた時は、その時の内容や様子を書いて良いということになっていたからだ。
私は毎日、この保護者からの連絡帳を拝見するのがとても楽しみだった。
連絡帳は情報の宝庫だ。
昨日、寝付くのが遅くて寝不足です。
兄弟と喧嘩しました。
宿題せずに怒られました。
外食をしてご機嫌です。
お風呂場に数字のポスター貼りました。
など。
子どもは学校だけで生きているわけではない。家庭や習い事、放課後等デイサービスなど学校外の時間を含めた連続した時間の中で生きている。
だから、今日はなんだか元気がないなぁ、授業中に落ち着きがない、と思った時に、注意したり叱ったりせずに、あ〜、今日は寝不足なんだな、喧嘩してムシャクシャしてるんだね、と理解し、それなら、少し大目に見てあげよう、気持ちが軽くなるような関わり方をしよう、などと配慮することがらできる。
反対に、学校の様子を詳しく書いてあげると、子どもが学校から家に帰ってきた時、何となく荒れている、とか、疲れている、何やらわからないことを口走る、と保護者が不思議に思うことがあっても、連絡帳を見れば、今日は体育で疲れてるんだな、とか、友達と上手くいかなかったのね、とか、このこと言ってるんだわ、などと会話がおぼつかなくても検討をつけて対処してあげることができる。
だから、お互いに、この連絡帳を使ってやりとりを小まめにするというのは、とても大切なことなのだ。
そして、発達障がいの子どもたちの育児をするなかでの切実な悩みを打ち明けている日などもある。
こだわり行動などに、どの様に接したらいいですか?という質問も多い。
もう、生きていくのが難しい、というような切羽詰まった気持ちを吐露されている時もあった。
学校で、こんな風にして欲しいという要望が書かれていることも多い。
保護者の方々の切実な胸の内を読むにつけ、1人孤独に家の中で悩み奮闘している姿を想像し、どの様にしてあげれば、この親子さんは幸せになるのだろうか、と思案した。
支援担の中には、ベテランから初任者まで、色んな層の先生がおられる。
初任者やまだ若い先生にとっては、障がい児に対する経験も浅く、見解は薄く、この悩み深い連絡帳にお返事を書くのはとても難易度の高いことだった。
1人ノートを抱えて、悩んだ先生が、何とか文章を綴ろうと思っても、何か良い案があるわけでもなく、「難しいですね」と書く先生が多かった。
ベテランの先生でも、幾つか検討した内容を書いたのち、「でも難しいですね」と、文を締めくくられていた。
中には、長いご経験の中で、それこそ、この保護者との連絡帳のやり取りで上手く行かなかった経験から、どんなに保護者が悩みを書いても、質問を書いても、「今日は元気でした。〇〇がんばりました」といったような簡単な内容で2、3行目しか書かない、と決めている方もおられた。
どんなことを書いても、読む人のその時の状態や気持ちによって、取り方が変わるから、思わぬトラブルになって「難しい」から。というのがその先生の持論だった。
保護者が寝るまも惜しんで、拠り所である支援担に、切々と悩みを綴る。それが1ページや2ページに渡ることもあった。
その量と、想いに対して、返事が2、3行というのは、あまりに素っ気なすぎるではないか。
忙しいのなら、「今日は時間が無く、また後日に」とたった1行書くだけでも保護者は納得し、数日待つことをしてくれる、
しかしそれすらないのだ。「はなから話す気は無い」というメッセージを出しているのと同じだ。
先生に、「大丈夫でしょうか?」と、尋ねても、固くなった思いは変わらない。
それならば、、、と、若い先生が困っている時や、先生が忙しい時、そして、悩みに対して何もコメントしなかったり、いつも難しいですね、で終わっている時などは、ついている授業の様子を詳しく書くついでに、対処法や労いの言葉などを書くようになった。
無論、怒られる時もある。だけど、段々保護者から良い声をいただくようになり、その内、代わりに書いてと言われるようになっていった。
退職するときには、固くお返事は2、3行しかかかないと決意していた先生までもが、保護者と揉めているが、どうしたらいいかと聞いてこられた。
私は、連絡帳に保護者が書いてこられる思いを受け取り、同じように親身にお返事を書いてあげてください。きっと真意は通じます。とアドバイスさせてもらった。
「やってみる」と私のアドバイスを受け入れ、それからその先生は別人の様に親身にお返事を書くようになられた。
やり取りされていた保護者は、非常に気難しい方ではあったが、その先生がお返事を書くようになってから、ガラリと態度を変え、その先生に絶大な信頼を置かれるようになり、関係性が良好になったと聞いた。
この先生は支援のトップの先生だった。そして散々私にノートを書くなと注意をした方でもあった。
でも、結局、連絡帳の一つ一つに心を砕いてお返事を書くことの大切さを最後に認識してくださり、私はそれがこの上なく嬉しかった。
私がやり取りさせていただいた保護者からは、みなさん、連絡帳は宝物だというお声をいただくようになっていた。
支援担の先生方よりも、信頼している、と言っていただくようになっていた。
介助員を辞めてから10年が過ぎた今でも、その時のお母さん方との関係性は続いている。
5年の介助員経験の中で、勿論良い時ばかりではなく、保護者もわが子の障がいが重ければ重いほど悩みも重かった為、私が書いた内容が良い意味に捉えられなかった時もあった。
それでも、その方も連絡帳を書くことを止めなかったし、私も変わらず心を込めて書き続けたことで、真意はしっかりと伝わることができた。今ではその方は私の友達になっている。
私は今でも療育の仕事をしているが、介助員の頃から変わらず1番大切にしている言葉がある。
「できると思って関わるとできる。」
「できないと思いながら関わるとできない」という二文。
相手の可能性を信じて関わると、それが言葉がけやジェスチャーなどの中にも表れ、それが相手にも伝わって良い効果に繋がるという【ピグマリオン効果】と、
最初から、どうせ無理に違いない、と思って関わると、表面上は隠していても、ちょっとした仕草や言葉尻りなどから、否定的なメッセージが伝わり、本当にできなくなる【ゴーレム効果】だ。
全てがピグマリオン効果でできるかというとそうではない。「可能性の芽」を見つけておくことが重要だ。
ゴーレム効果は、表面上、肯定的なメッセージを打ち出し、前向きなポーズを取っていたとしても、心の奥底で、「きっと無理」「難しい」と思っていることが不思議と伝わってしまうのだから恐ろしい。
先生方が心の中で思っていたり、または文末に、「難しいですね」と書いたことは、このゴーレム効果と同じで、向き合っているようで、相談に乗っているようで、これ以上、この話を続ける気はないよ、というメッセージを保護者に突きつけていることになるのだ。
難しいという言葉にも複数の意味があるが、ここでいう難しい、は、考えることが難しい、というような意味。
だから、私は極力、この、「難しい」という言葉を使わないように気をつけている。
どんなに難しそうな問題であっても、意見が違う相手であっても、私から「難しい」と言って、背を向けて、シャッターを閉めてしまうことはよっぽどでない限りない。
可能性がある限り、相手が言っていることはどういうことだろう? 本当にできないだろうか?と関心を持つことをやめない。
実際に、「難しい」ことはあると思う。
それでも、すぐに「難しいですね。」と、言っているのを聞くと、本当に難しいだろうか?と、つい考えてしまう。
