時は昭和55年夏。
私は母親に連れられて、祖母の家へと向かっていた。小学生4年生の夏休みのことだった。
まだ幼い2人の妹と、その分の荷物も持ちながら歩くのは小4の身には過酷だった。
当時の国鉄の列車に乗り、ガッタンゴットン揺られていく。
途中、乗り換えの為、姫路駅で暫く休憩。まだまだこれから鈍行で2時間近くはかかるため売店で、飲み物やお菓子を買おうと物色していた。
まだ機関車が車両を引っ張っていた時代。席はグリーンで向かい合わせだった。恐らく冷房はない。天井についた扇風機から送られる風が頼りで、窓は全開が当たり前だった。
自宅からは恐らく4時間前後かかるため、私にとっては長旅で、姫路からの向かい合わせの席はホッと寛げるスペースになっていた。
そこでお菓子を食べたり、話をするのが楽しみで、その為の「旅の友」を探していた。
売店に置かれた菓子やら新聞やらライターやらタバコを眺めていると、そこに並べられていた一冊の小ぶりな本が目に入った。
周りの品に比べてカラフルな色使いだったから目を引いたのかもしれない。
私は一目でその本の虜になり、珍しく親にそれをねだり、買ってもらった。
それはケースに入った横開きの本で、後から知ったが、その夏に劇場で公開されたアニメ「火の鳥2772 愛のコスモゾーン」を子供向けに発行したカラー本だった。
映画で使用されたフィルムの画像が使われたフィルムコミック。
このフィルムのままのカラーページの絵柄の美しさ、それから手塚治虫の作品の特徴的な宇宙や命をテーマにした壮大なストーリー、そして、一度目にしたら忘れられない登場するキャラクターたちの魅力。
それが私の目や、心を釘付けにした。
同じ年の24時間テレビ「愛は地球を救う」のアニメ枠では「フームーン」を放送していた。同じ手塚治虫作品。
小学生だった私に、フームーンは、目から飛び込んでくるカラフルさ、可愛らしさ、優しさ、美しさが、命の素晴らしさに変換され、心に焼き付いた。
小4の私は、やっぱりテレビの前に釘付けだった。
「フームーン」と「火の鳥2772〜愛のコスモゾーン」という、言ってみれば豪華2本立ての夏。
このフームーンがあったから、余計に、この「火の鳥2772〜愛のコスモゾーン」は当時の私のアンテナにひっかかったのだろうと思う。
記憶の中のその本は、当時の私から見ても、バランスの取れた絵で、完成度の高いものだった。
主人公は2人。
宇宙ハンターとして育てられたゴドーと、ゴドーの遊び相手の女性の形をしたロボット、オルガ。
2人は、新しいエネルギーを求めて地球最後のエネルギー源であるマグマを利用しようとして地球の存亡をかけた大開発にかけるロックから、滅亡へと追い込まれていく地球を救うために火の鳥を探し求める。
火の鳥はエネルギー体だが、愛の無いものには恐ろしい怪鳥に変わり、愛のあるものには優しく美しい姿を見せる。
その火の鳥とゴドーが、実はこの作品の本当の主人公なのかもしれない。
本当は心を持たないはずのロボットであるオルガが、心を獲得し、心があるはずの人間が冷徹になる、そんな描写には対比が込められている。
オルガは女性の形をしているが、その時々でジェット機になったりトランクになったりと姿を変える。そんなところも当時流行っていた子どもの心を揺さぶる要素だ。
そんな「火の鳥2772愛のコスモゾーン」を、私は大事にしていたのだが、気づけばいつの間にか手元からは消え、失くなってしまっていた。
いつ失くしたのか分からない。親の転勤で何度も引っ越す内に失くしたのだろうか。
それから、時々この本のことを思い出しては古本屋などで探したりしていた。
手塚治虫の火の鳥シリーズには、宇宙編があるが、これは「2772愛のコスモゾーン」とはまた違うストーリーで、あんなにカラーで小さいながらもハードカバーで特別だったものが市場に出回っていないということが不思議だった。
それが、ひょんなことから、そうだ、メルカリなどで探せば、もしかしたらあるんじゃないか?と思い立った。
なんでもっと早く、思いつかなかったのだろう?そこがまた不思議なところだが、思いつかなかったのだから仕方がない。
思い立ったら我慢ができなくなり、その場ですぐに検索を始めた。
暫く探すと、なんと、見つかった。
あるところにはあるんだ!と驚いた。
しかし、そこは46年前のもの。当然ながら痛みが結構あって、購入するには躊躇される。それなら、ヤフーはどうだろう?アマゾンはどうかな?と根気よく探したが、同じだった。数少ないがあるにはあっても、状態が良くない。
悩んでいたら、夫が思い出してくれた。
以前、探していた本を見つけたのが「日本の古本屋」というサイトだったと。そこで探してごらん、というので、最後の頼みの綱として、検索。
すると、本当に見つけたのだ!とても状態の良さそうなものを。
きっと、探していたものと同じだと思うし、これは今決心しないと恐らく手に入らない。そう思って、決断し、ポチリと購入ボタンを押した。
驚いたのは、その日の夕方、発送通知が届き、2、3日で自宅に届けられたこと。
何十年も経って、探したものが2、3日で手元に届くなんて。本当に今のネットワークってすごい。
ドキドキしながら包みを開けた。
更に驚く。本当にこれは46年前の物なのだろうか。多少のスレは見られるが、全く許容範囲。驚きの綺麗さだった。しかも、付録として、スペース•シャークという作中に出てくる宇宙船の設計図までピンピンの状態で入っていた。
ページを巡る。
どのページも、どのページも、覚えていた。まるで昨日読んだように覚えていた。
記憶ってすごいなあと変に感動もした。
最初から最後まで読んでみた。改めて、今読んでも古く感じなかった。それどころか、ありきたりだが、本当に手塚治虫という人は、先見の明があったし、真剣に命や地球のことを考えていたんだなとジンとした。
小4だった私が、50代になった今でも鮮明に覚えているということは、きっと、他の多くの子どもや若者だった人たちも覚えているということだろう。
それは、同時に、手塚治虫が伝えたかったメッセージも、映画を観た当時の子供や若者たちに伝わっている可能性を示しているんじゃないかと思った。
本は手にはいらなくても、今ならYouTubeの動画で映画版を見ることができる(昨日見つけた)。
もし良かったら、当時子どもだった人、若者だった人、今の若者の人も、この「火の鳥2772愛のコスモゾーン」、ゆっくり観てみてください。お子さんがいらっしゃる方は、週末にご一緒にいかがでしょうか?
宇宙の神秘に生きる未確認生物2772と呼ばれる火の鳥。
今の子どもたちの胸の中にも生き続けてくれたらいいな。

(1983年10月に、月曜ロードショーで放映されたことがあるそうです。)













