きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

ちびっこ達と新たな出発。

1月から、週に1度、2歳と3、4歳児の親子体操教室の講師をしている。

長年(30数年)続いたその教室の、二人の先生の内のお一人が3月でお辞めになるので、1人講師を探しているけど、どうですか?と声をかけていただいたことがきっかけで。

市の子どもたちの成長にとって大切な教室をもうしばらく存続させることが出来るなら、という思いで引き受けたのだった。

私が引き受けなければ、後任がおらず、教室自体が消滅するところだった。

 

子どもたちとの運動なら、慣れている。

しかし、2歳から4歳までの子どもたちというのは初めてなので、発達段階を遡り、自分の子育ても遡り、頭の中をある意味バージョンアップ。

そして業務委託なので、ある程度雇い主である施設の意向を確認し、今おられる講師の先生方のこれまでの経歴や教室をどのように引っ張ってこられたかを、ざっくりではあるが情報収集して初日を迎えた。

 

こういう仕事あるあるで、現場では手取り足取り教えてくれるという余裕なんてものはまずないと思った方がいい。

予想通り、初日からいきなり打ち合わせなく本番に入り、引き継ぎのために、先生の目や体の動きを見ながら、その意図と意向を常に探り、自分の立ち位置と役割を測りながら動いた。

元々体育会系なので、こういう流れも慣れている。むしろ、それくらいの方がやりやすく、ざっと流れに食らいついてやってみて、後から疑問が出たところについてすり合わせていけばいいと思っている。

3月末の前任者との交代までに私に残された時間は、週に一度、1日2コマ。45分と1時間。それを7回のみ。

サブとして、お母さんやお父さん、そしてちびっこ達の補助に回りながら体操やダンスそして、広い体育館いっぱいを使うサーキットの内容も急ピッチで覚えた。たった7回だったけれど、ほぼ大まかにこの仕事の要点を掴むことができた。

あとは細かな動きや歌の歌詞、相方の先生とのコンビネーションについて、自宅で徹底練習して体に覚え込ませるのみ。

 

そうこうして迎えた4月。

既に新体制になり、前任の先生に代わり、もう一人の先生と二人で教室を開始している。

これまで療育で関わってきた年少〜高3までと違い、生まれてまだ2年も経たない1歳数カ月〜4歳までのちびっこ達。

まだ、歩くのさえ、危うく、小さいトランポリンの上でジャンプ!ジャンプ!するのだって、上手く膝を使って出来ないお子さんたち。

そんなちびっこ達と、まずはお母さんお父さんが愛着形成するためのスキンシップ遊びにも取り組む。

前任の先生はその道のプロでもあったが、長年携わる内、もっとより良いものを、と常に新しいものを提供しようと全力で向き合われたのだろう、昨年度の内容は、その年齢のお子さんたちにとっては少しばかりレベルが高く、産後のお母さんたちの為の運動も兼ねていた為、運動量も多いので私でもゼイゼイするほどだった。きっと、産後のお母さんたちにとってもハードすぎたろうと思う。

お母さん方に我が子を他の子どもと比べて怒ったりしないで欲しい、という願いも持っておられたが、それならば、余計にペースが早いと、お母さん方は焦り、余裕を失って上手く動くことのできない子どもにイライラしてしまうだろう。

 

だから、相方の先生と相談して、親子でしっかり手を繋ぎ、目を合わせ、子どもの動きに合わせながら運動できるように、少しペースを落として取り組んでもらえるよう変えながら、今年度は進めている。楽しく運動するには、そうできるように環境調整が大切だ。

 

私は、療育の世界が長い。

小学生でも両足揃えてのジャンプもままならない子どもたちと切磋琢磨してきた。両足ジャンプが、できるようになる為には、体のバランスが整わなくてはいけない。自分の体を思うように操れるようになるには、筋力と意志の力が必要になる。体の隅々まで神経が行き届くには、年数もかかる。そして、指導者から出される指示を聞き、それを理解し、従えるという力を養って初めて、他者とタイミングを合わせて動く、という連携した動きに到達できる。

その全てをしっかり育てた後、ゆくゆくは例えば大縄の8の字なども跳べるまでに仕上げていくというような世界。それには慣れていた。

 

ところが、この、生まれて2、3年の間もない小さなお子さんたちは、3ヶ月ほどのワンクールが終わる頃には、音楽を聞き、私たちの動きを模倣してダンスすることもできるし、ちょっとした介助で両足ジャンプもできるようになる。私たちの指示をよく聞いて、スタートしたり、ストップしたりすることもできる。前に立つ私たちを見る、という共同注視の力もある。

驚いたのは、コースを決めずに自由に走り回っていても、ぶつかりそうになった時、咄嗟にお互い足で急ブレーキをかけて直前で止まったり躱したりして、衝突を回避できていることだ。これは走りながら、目で周りをよく見ることが出来ていて、注意を払えている証拠。そして相手に気づき、ぶつかりそうだ!と情報が脳に伝わり、ストップ!と体に瞬時に指令が伝わっているからこそ。その体の内部の連携が、こんなに幼い子どもたちに備わっているという点だった。

療育施設にやって来る子どもたちが、出来なくて困っていること。できるようになるまでにかなりの努力と年数がかかること。それが、定型発達であろうと思われる多くの子どもたちには、この年齢で既に力として備わっていることを改めて思い知り、障がいを持った子どもたちの困難さを逆に強く再認識する、ということになった。

 

そうは言っても、この親子教室には、何割かは、グレーゾーンであったり、ADHDASDの可能性がある子どもたちがちらほら混じっている。

まだこの段階で診断されてきている子は少ないが、中には既に診断済みのお子さんもいる。しかしこれまでは特にそこに手厚いアドバイスや適切な配慮はなかったようだ。

 

この教室は、何かをできるようにするための教室ではない。そう言われている。

それでは何のためにここに来るのか?

楽しく運動し、親子の絆を深めるため。

それは子どもたちの健全な発達を促し、親子の愛着形成の手助けをするためではないか。

健全な発達を促す、ということは、適切な介入を、適切なタイミングで行い、子どもたちの発達は個人差がありまちまちではあるが、一人一人に丁寧に関わることで、さっきまで出来なかったことが出来るようになって、やったあ!うれしい!褒めてもらえた!楽しい!と思えるようになることではないか。

まだ、子どもにどう接していいか迷いの中にいるお母さんやお父さんに、「こうしてあげれば上手くいくんだよ」っていう手ほどきをさりげなくしてあげることで、笑顔で子どもに接し、自信をつけてあげることではないか。それで虐待に繋がる要素を払拭することができ、より良い親子関係を築くことに繋がるなら、それはペアレント・トレーニングと同じではないか。

そこには、定型発達とか、障がい児などという垣根はない。

 

ここでは親子教室の講師であって、障がい児の療育者として雇われているのではないが、そんなことは私にとってはどうでも良い。

 

私のこれまでのスキルを使って、これから園や学校に進んでいく未来ある小さな子どもたちやご両親たちに、早期の段階から関わり、一人一人の可能性を伸ばすことに全力を傾けることには変わりがないのだから。

 

まずはこの一年間。この仕事も自分のものにするために、チャレンジ!

 

そう思っていた矢先、初日に相方の先生が声がかすれて出なくなった!

その次の時、今度は私が当日の朝、朝食のイチゴを食卓に出そうとして無理な態勢を取った瞬間、ぎっくり腰に!!!

家を出るまでの一時間の間に、本当なら安静にして揉んではいけないとよく言われているが、メデゥーサに睨まれたみたいにピキピキと石化していく腰から上を、引きこもりで今は同居している息子に解してもらい、ボルタレンのローションを塗り、脂汗をかきながら車に乗って出動した。そして、多少の動きは省略したものの、お母さんたちが気づかない程度に踊りや運動の見本を行い、無事にその日の務めを果たすことができた。

夫からは強靭と呼ばれ、息子からは帰れなくなったらどうするん?と苦笑された(笑)

この講師の仕事は替えがきかない。有給もない。予備日があるだけ。休めば相方にもお母さん方にも影響が及ぶ。

どこまで可能で、どこからは無理なのか、自分の極限の限界は自分が一番よく分かっている。それは今までの経験則から掴んだものだ。

こういう出来事を通して、「仕事をするというのは、こういうものなんだよ。」と、母の姿を見て、息子が何か感じてくれたら嬉しい。

実際、息子は神妙な面持ちで何かを考えていた。

 

こうして始まった幼児親子体操教室。

初っ端からアクシデントが続いたけれど、新たなコンビの連携が試されていたのかもしれないな、と思っている。ちゃんとお互いにカバーし合って乗り越えたので、結果オーライ。連携も強化された。

 

雨降って、地固まる。

連休後の本格始動が楽しみだ。