きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

秋の夜長にいかが。

今週のお題「最近おもしろかった本」

 

元々、本は大好きだ。書店に入ると、宝箱に入ったようなキラキラを感じる。ときめきながら本棚の前に立ち、目はタイトルを捉えているけど心で感じるように感覚を研ぎ澄ませていると、本の方から呼びかけてくる。。。気がする。大抵そうして手に取った本は、その時の自分の悩みや迷いに答えをくれるような内容の本になっている。

 

それとは別に、「人間」は「一冊の本」だという感覚も持っている。ご縁があって関わりを持たせていただいている人には、その人が歩んできた歴史、そこから発生する考えや感情、行動パターン、そして嗜好、など、時間をかけてゆっくりと自分なりに読み解いていくように理解しようと努めるのは、厚い本のページをゆっくり捲り読むのに似ている。

 

周りの関係の濃い人たち、そして私の元に通ってくれているお子さんの内面や、育んでおられる保護者の方々のこれまでの軌跡を、丁寧にゆっくりと読み込んでいく作業に最近は没頭している。重みのある、とても深い本ばかりだから、それだけで私の心も満たされているのだと思う。

 

そんな中で、隙間の時間を見つけては読んでいる本もある。

目の前のASDADHDの特性を持つ子どもの問題(と呼ばれる)行動がトラウマによるフラッシュバックによるものか、または違った意味を持つものか?によって、見立ても変わり対応も分かれ、一段と関わりが難しくなる。兼ねてより関心が高く、取り組んでおられる杉山登志郎先生が2019年に本を出されたようで、見つけた時は体に電気が走った。杉山先生の語り口は分かりやすく読んでいて引き込まれる。

 

そして、養老孟司先生の壁シリーズ。前に「養老孟司先生に学ぶ」として書いたブログに出てくる「人生は不要不急か」というのはこの本でした。

人生や宗教や昆虫やAIについて書かれていますが、随所に養老先生がこれまでに読まれてきた書籍についても記されている。こういった本は著者がこれまでにどんな本を読んで知見を広げて来られたか、僅かだがその軌跡に触れることができる。それが楽しみの1つでもある。著者の見解に賛同するしないではなく、「そういう風な過程を辿って今そんな風な考えであられるのですね」とただ理解する。

その人の書いた本を読むことで、その人という「本」を読む、ということ。 

それが喜び。