桜を見ていると、日本は言葉の美しい国だなということを再認識します。
桜が咲いている様子を表す言葉には
・咲き乱れる
・咲き誇る
・舞い散る
・舞い上がる
・儚げ
・花明かり
・花霞
・春爛漫
・桜花爛漫
・花嵐
・花風
など、ここに挙げきれないほど多くの言葉があります。
きっと皆さんも、桜を眺めながら、こういった言葉が頭や心に浮かびあがってこられたのではないでしょうか?
これほど多くの言葉で表される花は、他にあるのかな、と、ふと思いました。
「咲き誇る」という言葉を考えた時、他にも花はたくさんあって、その花が一面に咲いてさえいれば、どの花にでも「咲き誇る」という言葉がその情景にぴったりと当てはまるのかどうか・・・。
例えば、パンジーやチュッリップなどではどうでしょうか?
パンジーが咲き誇る。
チューリップが咲き誇る。
間違いではないでしょうが、パンジーとチューリップという可愛らしい花に対して「咲き誇る」という言葉は少し重たい感じがします。
「咲き乱れる」という言葉はどうでしょうか?
パンジーが咲き乱れる。
チューリップが咲き乱れる。
これも、決して間違いではないでしょうが、「咲き乱れる」と使うからには、かなりの量のパンジー、またはチューリップが必要で、きちんと間を開けて並べて植えられているというよりは、ところ狭しとぎっしり植えられていないと、「パンジーが咲き乱れているな」とは表現されないのではと思います。
桜が咲き誇る。
「咲き誇る」は桜の花の品格を表しているようで、「桜」と「咲き誇る」を並べてみても、見劣りしません。
桜が咲き乱れる。
山に、川辺に、一面に桜が咲いている情景は、文句なく「咲き乱れる」と表すのにぴったりです。
でも、一本の桜の木が枝を広く伸ばし、満開になっている様もまた、十分に「咲き乱れる」という表現に値する、そう思うのは私だけでしょうか。
夜、暗闇の中で、その花が一面に咲いているだけで周りがほのかに明るくなり、「花明かり」という何とも言えず風流な言葉で表されるようになったのも桜だからこそなのかもしれません。
「語感」というのは、言葉から与えられる感じやニュアンスのことですが、文字として形から表される感じだけでなく、「桜」という文字からは、すでにあの淡く儚げなピンク色、すぐに風に乗って舞い散ってしまう切なさ、といった情感が含まれていて、瞬時にイメージ出来てしまうように私たち日本人にはインプットされているかのようです。
ちょうど今は入学シーズン。
受験の結果さえも
合格は「桜咲く」
不合格なら「桜散る」
と表現されますね。
いきものがかりは、『sakura』の中で「桜ひらひら、舞い降りて落ちて」「桜舞い散る」と歌っていて、切ないメロディと合わさり、桜が散る光景と見事にマッチしています。
桜はいつ見ても美しく、心が洗われるようです。
ですが、今年ほど、その桜を眺めながらゆっくりと、日本中に咲いている様子に想いを馳せたり、桜を表す言葉について考えた年はありませんでした。これは、どこか私の心に余裕が生まれたからなのかもしれません。
桜は、淡く儚げなピンク色で、風や雨によってすぐに散ってしまうことから、幻想的で、儚さ、切なさ、別れをイメージされる一方で、「永遠」の象徴でもあるところが なんとも不思議です。