きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

Re:こだわり崩し。お気に入りの席。

りゅうくんは、元気いっぱいの小学生のお子さんです。

まだ発語がありませんが、言われていることは、何となく分かっている様子です。

きっちりしている性格で、身の回りのことは、自分で最後までやり通す力があります。

手洗いは入念。手拭きもゴシゴシ。トイレのスリッパは、足形にぴったり合わせます。途中で、「もうやめよう」と声がかかったり、手を加えられると、もう一度始めからやり直すようなタイプです。

お弁当を食べるときは、みんなよりも早く準備して着席でき、友だちが揃うまで、静かに待つこともできます。ご飯は時間がかかっても、残さずきれいに食べようとします。

 

そんな彼ですから、私たちは、〈あること〉が進行状態であることに気づいていませんでした。

 

その〈あること〉とは、〈席へのこだわり〉です。

いつの間にか、お気に入りの席が出来ていたのです。それまでは、ここでなきゃ!というこだわりがあまり見られなかったので、油断していました。

 

ある日、その席に友だちが座ってしまい、遅れて来たりゅうくんは、後ろで困っている様子です。気づいてくれた指導員の先生にひっついて、先に座った友だちにペコリと頭を下げて変わって欲しいとアピールしています。

 

さあ、「こだわりになっていた」と分かった今、この局面をどう乗り越えるか?思案のしどころです。

なぜなら、自閉症のお子さんは一旦こだわりになってしまうと、てこでも動かなくなり、自分の思いが通らないとなるとパニックを起こすことが多いからです。しかも、最近りゅうくんは、手洗いの時のような〈やり直し〉が多くなっています。これは、儀式的な行動です。

このことから、りゅうくんは、自閉症のこだわりの上に、強迫的なこだわりも併せ持つことが予想されます。儀式的な行動は、気持ちが不安定な時などに出やすく、上手く介入してあげないと余計にこだわりが悪化してしまうことがあります。

 

相手のお子さんは高学年。

さあ、皆さんなら、こんな場合、どうしますか?

 

選択肢① 相手は高学年。譲ってもらう。

選択肢② 諦めて他の席を探す。

実際、指導員の先生は①を採用しようと、りゅうくんと「お願いします。」と頭を下げるジェスチャーSSTとしてやってみています。

でも、相手のお子さんは譲らないどころか怒りだしました。

「席なんて、早いもん順ちゃうんか?」と。更に言い分が続きます。

「ホンマはな、譲ったっていいねんで。でもな、僕、いっつもみんなに譲ってんねん。たまにはいいやろ?」だそうです。この言い分には一理あるなと思いました。お兄さんだからといって、いつもいつも譲って我慢しなくてはいけないなんて決まりはありませんものね。

「いつもありがとう。今日はいいよ。」と伝えました。

 

ここで、考えなくてはならないのは、私たちは、りゅうくんが、自閉症で強迫的なこだわりを持つ為、思いが通らないとパニックを起こすのではないかと心配し、回避する為に最優先させねばならないと、固定概念のように思い込んでいないか?相手を無理やり納得させて譲ってもらう、という選択肢しか持っていないので良いのかどうか?です。

りゅうくんにとって、先に座っている人に退いてもらってまで、こだわりを通すことを経験として学ぶことは良いことでしょうか?

りゅうくんが、この先、大人になっていく過程を考えた時、〈先に座っている人がいたら、諦めて他の席を探して座る。座ることができる〉という力を身につけることは、イレギュラーなことが起きてもパニックを起こさない為には、必要なのではないでしょうか?

私はそう考え、選択肢②を選ぶことにしました。

ただし、こちらは簡単ではありません。きっとりゅうくんは一旦パニックを起こすでしょうが、他のお子さんも待っている為、悩んでいる時間はありません。

これまでの経験から、きちんと手立てを打てば、きっと乗り越えてくれて、良い方向に向かうだろうと、りゅうくんの力を信じ、伝えます。

「りゅうくん。ここは、友だちが座ってるから、座ることはできません。ごめんね。その代わり、その両隣が空いてます。ここどうぞ。」ジェスチャーを交えそう言うと同時に、紙に⭕を書いて空いている席に置きました。

意味が分かったりゅうくんは、怒りだしました。地団駄を踏んだり、ひっくり返ったりしています。お気に入りの席に座りたい!と指差しでアピールします。

しかし、一貫してさっきと同じ対応を繰り返します。

もう少し、理解が進むように⭕と一緒に彼の顔写真や名前の札などを置きました。「ここは座っていい席です」と示す為です。暴れながらもチラッと見て確認していました。

 


おやつを食べたいりゅうくんは、徐々に渋々ですが気持ちを抑えて⭕のある席に着くことができました。おやつを食べることはできましたが、やはりスッキリしていない気持ちは、その後も噴出します。泣いたり暴れたり走り回ったり。

そこで、その気持ちを受け止めて、「よく頑張ったね。気持ちは分かるよ。えらかったよ。それでいいんだよ」としっかり心を込め、行った行動が良かった、OKであることを伝えます。

そして、他の人がお気に入りの席に座っている時、その席は❌で座れない。他の空いている席は⭕で座っていい。ということを、視覚支援として絵に書いて見せ、繰り返し説明しました。

りゅうくんは、その絵も見ましたが、すぐには納得できません。パニック状態が大きくなったり小さくなったりを繰り返します。

こういう時、大抵周りの大人は居たたまれなくなります。このままりゅうくんはどうなってしまうのか?とハラハラドキドキ。もう、ここへ来ることはできなくなるのでは?落ち着いて帰ることができるだろうか?可哀想だな、と、かなり負荷がかかります。

 


でも、りゅうくんは、保護者がお迎えに来られる頃には、気持ちに折り合いをつけ一緒に帰っていきました。

りゅうくんは、〈保護者が迎えにくる〉ということで場面転換ができています。一歩外へ出たら、場面が切り替わり、落ち着いて帰宅されました。

 

次のご利用日2週目。

りゅうくんは、行き渋りもなく、元気にやって来ました。前回のこと、少しは覚えているようですが。

そして、問題のお弁当の時間がやってきました。

前回は、お気に入りの席に座れず可哀想なことをしました。なので、今回は席を確保してあげるか?・・・といえば、そうではありません。

お気に入りの席と、前回座った席には予め他の友だちに座ってもらい、席に❌をつけました。代わりに空いている席全てに⭕を置きます。これは、前回、お気に入りの席の代わりに座った席が、新しくこだわりに入ることを防ぐ為です。

果たしてりゅうくんはどうするでしょうか。

静かに見守ります。

 

りゅうくんは、❌と⭕のマークを見ながら思案しています。でも、もう「いただきます」の合図が始まりました。きっちりしている りゅうくんは、挨拶の声がスイッチとなって、滑り込みで⭕の席の1つに座り、何とかお弁当を食べることができました。「上手に座って食べられたね」としっかり誉め、OKであることを伝えます。

 

3週目のご利用日。

1週目、2週目に座った席は❌。それ以外の残りの席に⭕をつけ、また同じ手順で進めます。この時も無事に⭕の席につくことができました。

 

こうして、回を重ねる毎に、葛藤は減り、違う席に座るまでにかかる時間が短くなっていきます。

こうして全部で4週かけ、今ではどの席にでも座れるようになったりゅうくんです。

 

最初はこだわりの壁の前で、暴れていたりゅうくん。でも、しっかりと向き合い、何が⭕で、何が❌なのかを視覚支援も使いながら説明し、適切に対応した結果、こだわりの壁を越え、向こう側で上手に着地することができました。

こだわり崩しは良い結果を収めることができました。

 

子どもたちが、パニックを起こした時、大抵周りの大人は上記したように心が大きく揺さぶられます。その精神的、身体的負荷に耐えられなくなり、慌てたり、方針を変えてしまったりします。それは、逆に大人がパニックになっている状態です。この先の見通しを持っていないことと、自分のパニックの原因が、実は自分自身の中にあることに気づいていません。苦し紛れに、つい方針を選択肢①に変えてしまいがちです。

 

そうすると、どうなってしまうかというと。りゅうくんのこだわりは強固になり、次から〈暴れれば暴れるほど自分の要求は通る〉と学んでしまうのです。大人が譲歩するまで突き通すことになるでしょう。

 

今、りゅうくんは、こだわりの1つが崩れ、楽になったようです。どこの席でも座れるようになった自分に、どこか達成感を持ったように感じます。私たちとの信頼関係も一歩進み、よりコミュニケーションが取れやすくなりました。

 

園や学校でも、席の問題はよく見られます。まずシールなどを使ってそのお子さんに、「ここがあなたの席ですよ」と示して起動に乗せておられることでしょう。しかし、学校に席替えはつきもの。一年中同じ場所、というよりも、上手に⭕や名前札などを使って、場所は違うけど、「ここも」あなたの席なんですよ、と根気よく伝えていると、やがて受け入れる時がきます。

繰り返しその経験をしていくことで、やがてお子さんたちは席替えに抵抗がなくなり、どこでも座ることができるまでに成長されることと思います。