きらめき 綴り

困難を抱えた子どもたちと、日々格闘しています。その中での心の煌めきを大切にしています。

人生の周期。

先日、転居しました。

13年ぶりでした。

前の家では、私が初めて世帯主となり、学校という教育の世界や、療育施設での福祉の世界でお仕事をして、駆け抜けた約13年でした。

 

「13年」

個人的に、この年数に思い当たることがあります。

「13年」それは、最初に結婚生活を送っていた年数と同じ。

 

そう考えていくと・・・、

私は13歳の時に両親が別居し、それを機に転居。

それから13年後の26歳で結婚をして転居。

 

なんと不思議なことに、13年ごとに私の人生において、意味のある大きな転居をしていることになります。

 

私は今回、転居だけでなく、「5年」務めた療育施設の管理職も降りました。

親も歳を取り、子どもたちも大人になりましたが、色々と、娘として、母親として動いてあげなくてはいけない場面が逆に増えました。

というか、今まで動いてあげることができなかった、という方が正しいかもしれません。それほど激務でした。

それが今、家族にもアシストが必要だし、丁度、今ならそれが出来る、することが許される環境になったと、ひしひしと感じたのです。

それは、今の夫の力が大きいのだと思います。

家に1人、家族の為に動ける人がいる、というのは、とても大切なことだと、今の私は実感しています。

そして、それを実現させてくれた、夫のフォローも、落ち着いて、ゆっくりできたらなと思っているところです。

 

 

「5年」

個人的に、この年数にも思い当たることがありました。

私は、初めての就職先で4年務めたころ、途中でスランプになり転職を考えていたことがありました。どうしようかと考えていると、丁度、大規模な配置転換があり、私もそれに乗って、ガラリと仕事内容が変わったので、実質上転職したも同然になりました。丁度就職して5年目のことでした。

その会社を、結婚・出産で退職したのは、配置転換からまた5年経った時でした。

 

結婚して13年間、専業主婦で過ごした後、離婚し、自立する為に選んだ仕事は学校の介助員でした。息子のことで、学校の先生方には本当に良くしていただいて、多くの学びと恩恵をいただいたので、その恩恵を私1人の物にせず、困っているこどもたち、保護者、そして学校の先生方に少しでも還元できたら、との思いで、飛び込んだ世界でした。

その学校の介助員の仕事(兼務で学童保育の指導員も)を辞めて、療育施設で働き出したのは、5年目のことでした。

療育施設では、学校で学んだ全てを注ぎ込み、立ち上げに携わりました。一つ目の施設で1年半経った頃、現在の療育施設に移りました。

ここでも、再び立ち上げからの取り組みでした。

 

それから丸5年・・・、

 

今、私は次のステージに移る為に、その施設の管理職を退き、フル勤務ではなく、週2回ほどの勤務に変更しました。指導員になったわけではありません。

 

もっと、今までの経験を活かせて、より自分のスタイルにあった、一人一人と深く関わることができる形、そして同時に、家族のケアも満足してできる形に、シフトチェンジしたのです。

私なりの働き方改革って感じでしょうか。

はてさて、どうなりますか。

 

 

こんな感じで、

転居は13年ごとに。

仕事は5年ごとに。

不思議と転換期を迎えていました。

 

私の人生には、周期があるかのようです。

 

誰でも、人には思考や体に、1つや2つのパターンやサイクルを持っていることがあると思います。

それが短いか、長いか、と大きく括ることもできるでしょうね。

或いは、仕事はいつも1年でイヤになってしまう・・・という人もいるかもしれません。

 

私が自分に課していることは、「石の上にも3年」です。1年目は新しいことばかりで、とにかくしんどく、2年目は1年目に学んだ、1年の仕事の流れをもう一度辿ることで、その仕事の意味や大切さに気づく。3年目を終えると、ようやくその仕事のことがある程度分かるようになり、応用できるようになる。ここまでくると、ふっと仕事が楽になる、と経験則で学んで来たからです。

 

では、なぜ5年?

という疑問が起こります、

 

もしかしたら、自分が思っているより気が短いの?と、やや不安になりますが(笑)、これまでの傾向を振り返ってみると、かなり毎5年、全力投球、一球入魂、一回の機会で地引き網を大海原に投げ込んで、根こそぎ引き上げて情報を持ち帰るというスタイルで、5年でお腹いっぱいになっているのかもしれません。

そして、次の自分が目指すスタイルへ、大幅にジャンピングする、野望タイプなのかも・・・と最近気づきだしました・・・。

 

転居を含む私を取り巻く環境の流れが、何故、13年で変わるのか、については、よく自分でも分かりませんが、こどもの時から、自分の頭上に流れ込む気配、大きな流れ、というものを感じていると言いますか、感じるようにしていて、理由は分かりませんが、丁度13年経つ頃に、身の回りの様々なタイミングがピタッと合ってしまうのです。なので、「タイミングが来てしまったな・・・」と観念する感じです。

 

それは、ある方から教えていただいた、親鸞の「他力」という考えから考えていくと腑に落ちるものがあります。

自分が自分のことを全て決定しているようで、実はそれすらも、何か大きな流れの力なのだという考えです。

 

さあ、これからの「5年後」、そして「13年後」、私はどこへ流れていきますか。

自分でも、楽しみです。

 

因みに今の転居先は、それこそ13年ほど前に、このマンションだったらいいなぁと思っていたところの、すぐ裏です。私ではなく、夫が選んだのですが。

どうして、私は今ここに?と不思議がいっぱいです。これも他力の流れでしょうか。

 

これは、私なりの、人生の周期においての意味付けです。

皆さんも、これまで歩んでこられた人生に、何か周期はありませんか?そして、それにご自分なりの意味付けをしてみるのもまた、一興です。