きらめき 綴り

困難を抱えた子どもたちと、日々格闘しています。その中での心の煌めきを大切にしています。

夢の不思議。

ユング夢分析というものがありますが、私は小さい頃から夢をよく覚えていて、それぞれの夢に、どういった意味があるのか?とよく考えていました。

夢というものは、日中に見たり体験したりしたことなどの情報を、脳が整理しているとも言われていますが、それならば、今見た夢にはいったいどういう意味があるのだろう?今の私の気持ちを表しているのだろうか?などと気になってしまいます。

夢が気になるというのは、例えば何度も何度も同じ夢を見るとか、突拍子もないものが出てきたとか、何かを暗示させているのか?と思わざるをえないような内容が多いからなのですが、私が小さい頃に見た夢で多かったのは、怖いものから逃げるように辛うじて空を飛ぶ、といったものでした。気持ちよく飛べればいいのですが、辛うじて、ですから、捕まりそうでとにかく必死というところから、目が覚めたらとても疲れてしまっているので、あまり見て気分の良い夢ではありません。

正夢といったものもよく見ました。

例えば、いきなりベランダにシルバーのヘビが出て来てびっくりする、という夢をみた次の日に、子どもと散歩していると、道の片側が塀になっていて丸い樋が所々出ているのですが、丁度目の高さにある樋から、ニュ~っと灰色のヘビが15センチほど出ていてビックリした。とか(笑)

正夢ではありませんが、小学校の介助員時代に、クラスにとても大変な子どもが4人ほどいて、毎日どんな対応をすればいいかと悩んでいたら、その晩の夢にとても巨大な虎が4匹現れて、校舎の中から戦う・・・といった夢を見たこともあります。これはきっとその時の私の気持ちを反映していたのでしょうね。

 

とびきり幸せな夢を見た日には、「できることなら続きをみたい!」と強く思ったものです。

子どもの頃は、幸せな夢の途中で起きてしまったことを悔やみ、よくお布団の上に正座して「あめのみなかぬしの大上様、聖母様(おばあちゃんから教わったおまじないの言葉)、どうぞ夢の続きを見させてください」と三度ほどお願いをしてからまた寝ました。不思議と続きを見られることが多かったです。

 

私の場合、不思議とその時の気持ちを表していたり、少し先を暗示するかのような夢をみることがありますが、この年末には、舞台は奈良だと思われますが一軒の家を訪ねて、部屋の中から窓を見ていると突然ブロック塀の向こうから、波が競り出してきて、ドプン!と窓にぶつかりました。

「え!!!」と驚いていると、辛うじて波は窓を破らずにいましたが、その波から2つ顔が出現して、「津波がくるぞ」と言うのです。それは大変!と家から駆け出して、広い原っぱを抜け、川を渡り、やっとのことでその先の小高い丘にかけ上る。という夢を見ました。

奈良(恐らく)なので、海はすぐ側にないし、小高い丘も近くにはないのですが、どういう訳か、珍しくそんな夢を見ました。次の日は、その続きを見たのですが、その家に続く道もちゃんと覚えていました(行ったことのない風景です)。

 

どうしてそんな波の夢なんか見たかな?と思っていましたが、その2日後に和歌山の千畳敷に立ち、何年も縁がなかった海を目前に見ている自分に気づきました。夫にはその後、その夢の話をしました。

年末の夢ですから、初夢ではありませんが、今でも、なんであんな夢みたかな・・・と頭を傾げています。