きらめき 綴り

困難を抱えた子どもたちと、日々格闘しています。その中での心の煌めきを大切にしています。

素数物語。前編。

このところ、みなさんに関心を持って読んでいただけている、「素数とフィボナッチ」シリーズ。

私が長年、大切に胸に締まってきたお話なので、読んでいただき、何かしら感じてもらうことができたなら、こんな幸せなことはないなと思います。

ところで、私はこれまで素数について、自分自身の生活の中では特に意識する場面はなく過ごしてきました。お買い物とか、家事をするに当たっては、素数を使うことって無いですもんね。消費税の計算にも必要ありません。

その、特に生活に必要ない、もっと言ってしまえば生きていく上で必要ないと思われた素数が、毎日生きていく上で必要で、無くてはならない人たちもおられるんだなと、気づいたのはここ数年です。

 

テレビ番組でも、いつだったか、素数が大好きな人たちが集まって議論しているところをたまたま見てまして、「素数は美しい!」「生活の中で、いつも素数を意識している!」と発言している女性(タレントさんでした)もいて、「え⁉そうなの⁉」と驚きました。この番組で会話する人たちは、高学歴の人ばかりで、理系の方が圧倒的に多かったです。数学に強い人だからこそ、数字に関心が高いのでしょうね。

素数が生活の中に深く入り込み、無くてはならない人たちがここにもいたのか、という新鮮な気持ちでその番組を見ていました。

 

この、「数字への関心」ということについて、私は自分の生活ではなく、療育の世界の中で、長年に渡り深く触れてきました。

人にはそれぞれ得意、不得意がありますが、特に、発達障がいのお子さんたちは、その得意と不得意の差が顕著であることが知られています。差が顕著だからこそ、国語がこれだけできるのだから、算数も当然できるよね、なぜできないの?やれば出来るはず、と本人の努力不足と捉えられ、理解されないということが起こります。それこそが、本人たちの障壁であり、困難です。

その中で、自閉症スペクトラムのお子さんたちの中には特に算数が得意!、特に国語や漢字が得意!という子たちがいることに気づきます。数字は努力せずともすぐ頭に入るのに、全く漢字が入ってこない、またはその逆で、漢字や図形は得意で見ただけで覚えられるというお子さんたちがいるのです。このどちらかに分かれるケースによく出会います。

そして更に、その中の重い自閉症を持つお子さんの1グループに、もっと数字に特化した脳を持つお子さんがおられます。

どの様に特化しているかと言いますと、常に頭の中、若しくは目の前を数字が流れていて、身の回りにある数字は、恐らく目に飛び込むように見え、強く関心も持っています。目に見えるとすぐに頭の中で計算が始まるので、それをブツブツと呟いたり、紙に書いたり、指で空中に書いたりします。そうしなければ、頭の中が一杯になって苦しい、そんな感じです。

例えば、メジャーなところでいうと、円周率を記憶し延々と言えるとか、過去の出来事を聞くと瞬時に「西暦〇〇年〇月〇日〇曜日」と答えられる、といった具合です。

数字に関する理解や処理の仕方が私たちのそれと違うようです。

こんな風に、誰からも教えられていないのに数字がスルスルと頭に入ってくるタイプの人を、私は「数字脳」と呼んでいます。

 

フィボナッチを巡るお話も、この数字脳を持つお子さんとのお話でした。

 

次回は、私が大切にしている、そのお子さんとの「素数」に纏わるお話を書きたいと思います。

 

読んでいただけると嬉しいです。