きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

巨大な太陽と巨大な木影。

乾いた空気に冷たい風、だけど雲一つない水色の空。

これが冬だ!と言わんばかりの晴天の空だった。

このところ、熊の出現や地震災害と、自然の驚異に身をつまされる想いの日々だけれど、こんな時ほど外に出て、懲りもせず自然の中に身を置こう。

そういう気分になって、昨日、夫と二人、山に出かけた。

 

今日は麓から徒歩で登る。

しんどい。

膝に7針縫う怪我を3年ほどまえにしてから靭帯が伸びたらしく、

あまり負荷に強くない。

こんなキンと冷えた空気なのに、汗をかきかき、文句をたらたら言いながら進む。

そういえば、今日は3時間しか寝ていなかった。

だから余計に辛いのね。

それに、いつ熊と遭遇するかもしれないという不安や、

今、地震が起こったらどうなるか?という不安も付き纏う。

被害地から遠く離れていても、こういう形で、私たちは影響を受けているのだろか。

 

斜面を登るときは、自分と向き合う時間。

そう気づいた。

体と心と話しながら、

見晴らしの良いところで、持ってきたおにぎりを食べることを励みに

1歩づつ進む。

そうしていると、次第に折り合いがつき、

整ってきて楽になる。

 

自然と向き合うのは、そこからかも。

やっと周りの景色を眺めるだけの余裕が出た。

 

 

わざとやや山道のコースを選んで歩いていると、

先に、照らされている場所が見えた。

折り重なる木々の隙間から差し込む光。

斜面から枝が美しい木が私たちを覗く。

ひときわ濃い緑。真っすぐ伸びる杉。

えのき茸のようなエノキ。

開けた斜面に伸びる巨大な木影。

これだけ森の中に全体が映る影は珍しい。

生命の力強さを感じ、しばし眺める。

それにしてもこの日の太陽は大きすぎた。

 

自然の中でおにぎりを食べる時ほど、幸福な時はない。少し冷めていても、それを感じさせないほどに。

 

被害地で食べる、冷めたおにぎりはどうだろう?

その冷たさが、余計に厳しさを感じさせるかもしれない。

おにぎりに、幸せな記憶があればあるほど、厳しい時は辛くなるだろうか。

けれど、冷たいおにぎりへの美味しさや幸福感を味わう経験があれば、その厳しさも乗り越えられるかもしれない。

やはり、なるべく早く、幸せな記憶と共に、冷めたおにぎりの美味しさを、子どもたちにも知っておいてもらいたい。

そんなことを山の上で考えていた。