明けても暮れても梅田で働いていた若き日。
寝不足の朝、気づけばいつも朦朧と職場の廊下を歩いていた。
「あれ?私、昨日の夜は帰ったっけ?」
寝ても寝ても眠たくて、アップアップしていた毎日。
立ち仕事だったから、立ってても、歩いていても、片目ずつでも(イルカ?)、眠れる技をいつの間にか身につけていた。
遅刻すれすれの日々。
歩くエスカレーターを走り、向かってくる人の波を、一人、如何に「集団行動」のように身を躱し高速で歩くかに賭けていた。
結婚し、子育てし、梅田シックにかかっていたあの頃。
段々と足が遠のき・・・
26年経った今では何年かに一度、
私にとっては用事を済ますだけの場所になっていた。
夫は人混み嫌い。
ますます足が遠のく•••••。
かと思いきや?
突然に、我が家の梅田バブル期が訪れた。
年末には夫の実家へ帰省で、先日は私の母の元に行くために、
珍しくJRを使い、立ち寄った。
そして今度は眼鏡を作るためにグランフロント大阪にある
金子眼鏡さんへ行くことになったのだ。
しかも、下見、購入、受け取りと、今月3回。
帰省などと合わせると、約1ヶ月の間に5回も!
その金子眼鏡さんは、グランフロント大阪の2階にあり
落ち着いた雰囲気の店内は、土日ということもあり、客がひしめき合っていた。
にもかかわらず、スッと店員さんがショウケースを挟み正面に立ち、すぐさま説明を始めた。
店内に入り5分も経っていなかった。
何故だか自然で、牽制する間も必要もない。
会ったこともなく、気に入ったわけでもない。
ただただ、急に会話が開始し、そのまま引き込まれたのだった。
まだ30代に見えるその人は、丸眼鏡をかけていた。
個性的な服装で、それでいて嫌な感じがない。
淡々と客の顔立ち、目の大きさ、好みなどから、似合うと思われるフレームを2つチョイスし提示する。
夫はもともと丸いフォルムのメガネが好きだ。本人なりに自分の顔のパーツの特徴を考え、チョイスした選択だと思う。
本人の好み、希望から、丸いフォルムを取り入れた時、ただ単に丸いだけでなく、その丸の直径が大きいか小さいかによって、どの様な見え方の効果があるかについて、までは私たちは考えていなかった。
なんとなく雰囲気の良し悪しで、という感覚に頼るくらいだろう。
この点について、この店員さんは、夫の視力の悪さから、レンズの厚みについて触れ、メガネをかけた時にかなり目が小さく見えること、だから、直径が大きなフレームだと余計に目が小さく見えるため、直径を小さくしたほうがそれをカバーできる、ということや、レンズの厚みを目立たなくさせるために、フレーム自体もやや厚みのあるタイプを選ぶと良いことを教えてくれた。
なるほど、横から見た時、フレームよりレンズがはみ出ていると、いかにも目が悪いっていう印象が先に出てしまうものね。
そこで提示されたものはやや奥行きのある黒縁だけど、その黒縁の周囲は細い金縁留められ、前からは見えないが横からは金が見えるというお洒落なデザイン。
ところが、長年メガネをかけている方なら一度は考えたことがおありかもしれないが、できればメガネをあたかもかけていないような「軽くて自然なフレーム」というのもまた、今回、夫の希望に入っているのだ。
その点でいうと黒縁は目立つ。
店員さんは次に細い金属のフレームを提示した。
かけ比べると、本人はそちらの方が希望にあっていて気に入った様子だった。
私は第三者として端から見ていると、細いフレームは印象が軽すぎるように感じた。
顔のパーツの1つ1つがしっかりしていると、それに対してフレームの印象が軽すぎる、ということがある。
そう横から私の意見を差し込んだ。
あくまでもメガネを選び、かけるのは本人。
だけど、そのメガネをかけた相手をずっと見て暮らす家族が、「なんだかな」と首をかしげながら過ごすというのも両者にとって残念なことだろう。
こういう時、接客するものとしては、どちらの意見に寄り添うか、難しいところだろうと思う。家族が横槍を入れたとき、自分のアドバイスが流れることもあり、こだわりが強い人なら表情に嫌悪感が出ることがある。しかし蔑ろにしては決裂して購入に至らないかもしれない。得てして、無難なアドバイスを入れながら、両者の話の流れに任せることが多いのではないだろうか?要は店員さんにとっては、どちらでも良い問題だから。
そこをこの店員さんは、私の様子にも気を配りながらも「確かに細いフレームは自然な見た目になりますね。ただ、レンズを入れると目が小さくなるので、逆にそれが素顔なのかと思われやすくもなるかもしれませんね」ときちんと両者の意向を吟味したのち、自分の見解として意見した。
あぁ、それだ。
元々とても目が大きくて、パッチリ二重なのだから、できればそれを活かせるように敢えてメガネをかけていないような、自然な見た目にしたいと思って細フレームを選んでも、逆に目が小さくなって、それが素顔だと思われるのも不本意ではないか。
その点、黒縁丸メガネは、細フレームよりメガネの主張はあるけれど、直径はやや小さめで若干目が小さく見える効果を和らげてくれるし、メガネをかけてるからそう見えてますよ感を出してくれる。
そしてもう一点、顔のパーツに対して印象が軽すぎずバランスが取れる。
ところが、本人は目が悪い為に、鏡に顔を近づけて至近距離でないと全体のバランスが見えない。だから、この2つのフレームの効果の違いを感じにくかったことだろう。
大きな姿見の方で全体を見ることを伝えたが、それも目が悪く、きっと良くは見えず、決定打にはなりにくかったのでは。
ならば、検討材料として、2つのフレームをかけているところを写真に取ってほしいと本人から要望があったので、「はいはい」と撮っていると、店員さんから、「動画が良いですよ」とアドバイスがあった。
「静止画だと撮れ方によって印象が実際と変わり分かりにくい。動画だとそれが自然に近く見える」とのことだった。
そうだ、そうだ、そうだった。
言ってくれて良かったよ。
そそくさと動画も撮って、少し検討するため一旦出直しますと伝えて店を出た。
出てすぐ側で動画をチェック。
一目瞭然だった。
細フレームはかけていないかの様に軽く自然だが、その分顔の輪郭がハッキリする。これで目が小さく見えれば尚更だろう。
黒縁はかけただけで顔の輪郭の印象が弱まり、より良く見える点でバランスが取れていた。
目が悪く、鏡では自分で自分の姿を客観視しづらい本人も、こうして動画でみることでそれが叶い、より自分がメガネをかけることでどう見られたいかという意向に近いものをチョイスすることができた。
黒縁メガネを買うことにしたいが、また後で電話ででも伝えればいいか、と夫がいうので、「在庫が無くなれば、幾ら欲しくても手に入らない。チャンスを逃さない為には今言ったほうがいい」と説得し、再入店した。
戻って良かった。
このお店は大量生産はしていないので、一点ものばかりだそうだ。また作って、と言われても作れない、とのこと。
おおお。危ないところだったね。と言い合って、その場で取り置きをお願いしておいた。こだわりのお店は違うのね。
訳あって、購入は1週間後。
さて、その1週間後、購入する為に再来店し、今度はレンズ選びが始まった。私は離れた席で見守るのだが、なかなかに丁寧に説明が行われている。
レンズの良し悪しについて講義を受けている模様。どうやらメガネをかけて頭が痛くなったりするのは、レンズを通してみた時の歪みを脳が調整しようとして起こるというのだ。だから、良いレンズになるとその歪みが少なくて済むらしい。ランクがあるがどうしますか?とのこと。まあ、お店としてもランクの高いものを売りたいよね。
あと、夫は若いが、年齢によって、今後は老眼にも進むのはわかっているので、今も両用ならサポートレンズにしておくのは必須と勧められた。それはその通りだと思う。
まああまり予算から出すぎない程度で納得のいくもので手を打ち、会計に進んだ。
その間、私は暇なので、周りをキョロキョロ見渡していた。
会計の席の机には高価なメガネが、並べられ入っている。
どれもシンプルなのにデザインが光っていて美しい。
その中に金色に輝くメガネがあった。18金で出来ているそうだ。値段はなんと130万越え。
興味津々で見ていると、
「かけますか?」と聞かれた。
慌てて両手を振り
「いえいえ滅相もない」と答える。
悲しそうな表情を一瞬浮かべる店員さん。
え?
「あ、かけます」
そう言って、せっかくなので素直にかけさしてもらうことにした。
鼻あてまで18金なので、ツルツル落ちそう。金ならではの重みもある。
しかし、とてもエレガント。金ピカだが嫌味でない。我ながら似合っていた(笑)
買わない方の連れの意向まで汲み、嫌な顔せず時間を割いて、高価な商品を出して満足させるその店員さん。余裕のある対応が心地良かった。
良い体験をさせていただいた。
その後も聞いていると支払いの際の一言一句まで、しっかりと丁寧な言葉のやり取りが続いた。
私は若いころ接客業をしていた。
たった一度の出会いなら、客の意向に合わせてゴマを擦りながら商品を売ることは簡単に出来る。最上級の笑顔と接客で、満足して帰っていただくことができるだろう。
だが、顧客となると別だ。
初めは最上級の笑顔で凌げても、何度もお会いする内に、こちらの素が顔を覗かせてしまい、客にそれをキャッチされてしまうだろう。
長いお付き合いをするには、こちらの素の部分がいかに誠実で信頼を置けるかにかかってくる。メリットだけでなくデメリットも、きちんと教えてくれるかどうか。本当のことを言ってくれるかどうか。
店に求めるものは、人によって違うかもしれないが、店員と客の関係は普通の人付き合いと違わないと思う。
テンションが、初めから終わりまで大きく変わらないというのは、
「お客様、お似合いです!!」みたいなおべっかも無いということ。
私たち夫婦のやり取りも具に見て双方の意見を注意深く汲み取って、どちらも満足がいくように細やかに応対していた。
買い物は、客が主役。
それを思い起こさせるものがあった。
そして、他の店では聞かれなかったフレームやレンズの説明がしっかりとされ、専門的な知識をよく身に着けていることが伺い知れた。
下手をすると、知識をひけらかすようになって客がうんざりすることもあると思うが、それは無い。
手の指先まで落ち着きと丁寧さのある動きのせいだろう。
物造りにこだわりがある店は、売る者までも自社製品に愛着と誇りがなければ本当の意味で客にその良さは届かない。
グランフロントの金子眼鏡さんは、そのどちらも持ち合わせていた。
グランフロントの化粧室前の休憩ゾーン。
梅田の夜景が見える。
この日結局グランフロントの上階にある紀伊國屋などにも立ち寄り、夜9時すぎまで梅田を満喫して帰った。
前回、下見に来た時は、阪神や阪急百貨店、ルクアとバッグを探してあちこち見て歩き、久しぶりに非常に楽しかった。
足は棒になったけれど、若かりし日、2000人近い従業員が働き、大勢の客で賑わう会社で社会勉強をした日々や早番で終わっても、暗くなるまであちこち歩いて見て回った遠い過去を思い出し感慨深かった。
夫は意外と百貨店好きかも。
また行こっと。