かつて、私たちはこどもの頃に、手の小指側の側面を真っ黒にして、嫌と言うほど漢字の練習をしてきました。
鉛筆を持つ親指、人差し指、中指が疲れ、中指にタコが出来るほどだったことは、大半の方が経験されたことでしょう。
ひどい時は、「漢字一文字をノート1ページにわたり書く」というのが宿題でした。
今でもそんな宿題を出される先生もいらっしゃるかもしれませんね。
コロナ禍を機に、こどもたちの学習スタイルも一気に様変わりしました。
漢字嫌い、書くのが嫌い、なこどもたちでも、タブレットが使えるとなると目の色を変えます。
半ば興奮状態でタブレットに食らいつきで見ています。逆にその興奮、大丈夫?と心配するくらいです。
学習に、没頭してくれるのは良いことのようですが、タブレットの影響というのは、それだけには留まらないように思えます。
自閉症スペクトラムやADHDのこどもたちにとっては、タブレットの様な視覚的に強い刺激のあるものは、私たちが思う以上にこどもたちの興奮を呼び、囚われるようで、学習が終わっても、切り上げることが出来ずに次の行動へと移ることが難しくなります。
学習効果として見た時にはどうでしょうか?
タブレットでは、読み方、書き順を示してくれたり、指でなぞって練習することが出来ます。
画面に囚われ、食らいつきで、手書きの時には見られなかった意欲でこの漢字学習に取り組んだ時、視覚が強いこどもたちは漢字をよく覚えることは出来るかもしれません。書き順も同様に。
では、視覚から入った情報により、記憶することができたこどもたちは、書くことも同じ様にできるのでしょうか?
ここで、1つの疑問が生じます。
それは、「書く」という1つの動作を考えた時に生じる疑問です。
視覚からの強い刺激を繰り返し受けることによって、漢字の形や書き順が、短期記憶に残りやすくなり、やがてそれが長期記憶に上手く移行できたとします。
さて、テストや作文、ノートへの板書など、「書く」という動作が必要になった時、私たちはまず、
書きたい言葉がどんな漢字に変換できるか記憶の中から想起します。
候補の中から正しいと思われるものを選び出す。
実際に、書き始めるという指令を手や指に伝えます。
そして、書き順の記憶を取り出した状態で、実行します。
この、漢字を実際に書くという手順は、タブレットで「視覚」から記憶に残った状態から、実際の、書く、という行動へとスムーズに連携できるものでしょうか?
記憶に残すことができる力と、記憶した情報をアウトプットできる力は、一緒ではありません。中にはスムーズにアウトプット出来ないタイプのこども達がいます。
一瞬アウトプット出来ても、それが手や指に伝わるまでに消えてしまうというこども達もいます。
記憶からのアウトプットや、それを実行するまで持続が出来たとしても、手先の巧緻性が低い為に、書きたいと思っているような形では書けないというこども達もいます。これは一般的に不器用と言われるタイプです。
不器用で、書きたい様にかけないという問題1つとってみても、理由は1つではありません。
鉛筆の持ち方が定着していない。手首が硬い(左利きなど)。体幹が弱く姿勢が悪いので線が歪む。ビジョンの問題。ポイントを捉えていない。集中力が短い。精神的負荷に弱い。などなど。
「書く」という単純に見える行動は、「視覚刺激によって記憶する」という学習方法とは全く別物ではないかと私には思えます。
タブレットの画面に再生される書き順を、指でなぞったりタッチペンで書く、という作業と、紙に鉛筆で書く、という作業にも、違いはでます。紙に書く場合、適度な筆圧も必要ですよね。
さて、これからタブレットで漢字を学習することが増えるこどもたちは、将来、紙に書く必要が出た時、綺麗に書くことができるでしょか。綺麗ではなくても、上手くアウトプットできるでしょうか。少し心配しています。
そして、現在、漢字を上手に書けないというお子さんをお持ちの親御さん。上手に書けない我が子が、真剣に取り組んでいない、ふざけて見える、何度言ったら分かるんだ、と恐らく毎日でる宿題を前に、とてつもないストレスを抱えておられることと思います。
目の前のお子さんたちは、ふざけても、おちょくってもいないんです。言っただけでは書けないんです。がんばって書いたのに消されてしまっては、泣いてしまうんです。ホントは綺麗な字が書きたいんです。でも姿勢を保持するのはしんどいんです。集中力が持たないんです。学校で1日がんばってきて疲れているんです•••。
どうすればいいか?
お子さんが、1つか2つ、字を書いたところを見て、直すべき点をキャッチして下さい。
書き順に問題があれば、次を書こうとする手を一旦止めて、「みて」と注目させます。見ているのを確認したら、「1、2、3•••」と正しい順を手本をなぞって伝えます。お子さんに書いてもらう時、ほんの一瞬一瞬早めのテンポで書き順を指で示し、それを追いかけてもらう形でお子さんに書いてもらいます。お子さんのスピードが早い時は、鉛筆の先を指で止め、一画一画見本を示したら書く、という風に調整します。それでも待てないお子さんには、こちらのテンポを速くして合わせてあげます。書き順を守って一人で書けるか、介入を減らし、確かめます。
書き順は分かるけど、止め、払いなどが上手くいかない。という時は、止めることを表す擬音、例えば「きゅっ」。払いであれば「しゅっ」といった、言葉を「1、2、3」と言っていた書き順の変わりに1テンポ先に声かけしてあげてください。耳で聞き、体で漢字の形を捉え、覚えることができます。
集中力が短い、体幹が弱いお子さんには、このまま最後までテンポよく声かけを続けると、だれることが少なく、早めに終えることができます。
集中できていれば、最後まで一旦見守ります。最後まで書けたら、よくがんばった!と手短に少し褒めた後、「うんうん、がんばって書けてる。あと、こことここだけ、こんな風に書けたら、もっと良くなるけど、どうする?」と、全体の中から、2つほど、どうしても直して欲しい字だけを選び伝えます。この時、肝心なのは、あくまでも、直せば「もっと良くなる」ということです。
お子さんに余裕があれば、書いている最中でも、その時点で上手に書けている方の字を指して、「うわっ、これ、いいやん」と言ってみます。「次はどうかな?」などと言うと、こども達はうれしくなって、少しでもさっきより上手く書こうとしだします。「うわぁ、もっと良くなったやん!」などと言いながら、例え、上手く書けていなくても、端的にポイントだけ再度伝えて、書き進めてもらいます。ポイントは、書き順や、止め払い以外に、大きさや書き出す地点、右肩上がりや、中心線だったりもしますね。
どうしても右肩上がりに書けない、線が短くなる、などがあれば、ここからここまで、と点を書いて教えてあげてください。
怒らず、消しすぎず、テンポよく、擬音などを使って、楽しく学習すれば、お子さんはたちまち自信がついて漢字が好きになり、向上心が芽生えます。
姿勢などは、さりげなく「こうしたら、書きやすいよ」といって修整しながら覚えてもらいます。
将来、紙に字を書く文化が残るかどうかは分かりません。でも、「見て覚えた」だけよりも、「耳で聞き」、「体で覚えた」という、より多くの感覚を使った入力方法の方が、記憶にも深く刻まれるのではと思います。
しっかりとした線、思い通りに動く指や腕など、筋力や体の動かし方については、粗大運動をしっかり遊びの中に取り入れ、折り紙や粘土、ブロックなど、指先を使う作業で巧緻性を上げていって下さい。
タブレットを使った漢字学習をする場合に、大人が混同してはいけないのは、書けるようにもなると思うことです。
タブレットは、読み方や書き順が学べ、綺麗な字を書くには、手書き。といったように、目的や効果を分けて考えた方がいいのではないか、というのが私の考え方です。
今回も、長い文章を最後まで、お読みいただきありがとうございました。
お子さんたちの成長に焦りは禁物。
忍忍が一番の早道です。