きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

子どもたちの困り事〜算数編

〇〇ちゃん、タオル3枚持ってきて〜。

土曜日まであと何日?

あと5分で出かけるよ。

あと5分で何時?

お菓子6こ入りの袋があるけど、2人分買ったら全部で何個入ってる?

さあ、ピザを3人で分けよう!

百均で4つ品物を買ったら、500円でお釣りがくるかな?

 

などなど、生活の中に、数字が入る場面ってすごくたくさん転がっていますね。

私たち大人は、今では当たり前の様に上に書いたようなやり取りができます。

小学1年生で、数字の書き方を習ってから、足し算、引き算、掛け算、割り算、小数、分数、時計、重さ、量、図形、、、と、少しずつ学年を上がる毎に新しいことを覚え、中学でそれらの応用を学び、高校では更に詳しくレベルアップして身につけていきます。

 

今、多くの人は、かれこれ、12年かけて、およそ生活に困らないだけの万遍ない数的な概念を、知らない間に構築しています。

知らない間、というのは、長年の学校での学習だけでなく、生活の中で繰り返し繰り返し、体験したり、家族とやり取りすることによって、一つづつ石を積むように、または樹木が土中で根を張り、空中では青空に向かって枝葉を広げて伸びていくように、数が持つ意味や役割、そして規則性への理解が深まり、広がり、気がつけばそれらが一枚のパズルのように繋がって概念を形成していた、という感じだからです。

 

多くの人が、算数は学校の授業や、塾で学ぶもの、と考えていると思いますが、実際は、計算はできても、量や重さ、図形といった単元は、生活の中での経験が乏しいと、理解が上手く進まずにつまづく子どもが出てくることから、実生活の中での体験から、学ぶことが多いことに気づきます。

 

学校の授業で時間をかけていろんな単元を万遍なく学ぶことと、実生活での体験が程よく混ざり合いながら、数的な概念が形成されるということですね。

この夏休みは、ご家庭で、一緒に過ごしながら算数を意識した働きかけを増やしていただけるといいな、と思うのですが。

 

さて、そんな算数ですが・・・。

私は小学校の介助員時代に、いくつか戸惑うことや、驚くことがありました。その中の一つが、さくらんぼ計算でした。

発達障がいを持つお子さんにとっても、分かりやすいように、周りのお子さんが、繰り上がりや繰り下がりの計算を頭の中で、どう処理しているかを視覚的に表して分かりやすくしようとした指導方法ですが、何も知らされずに入った授業で、小学1年生や2年生たちが、自分の知らない計算方法で算数に取り組んでいるのを見て、愕然としました。

 

まず、この状況を理解することに時間を要しました。

周りは1年生や2年生ですから、

「え?え?ええ?」「こういうやり方?」「いつから?」「いつも?」

と、意味不明な言動をしている大人に

「?????」

な表情でチラッと見るだけ。

本人たちは必死ですから、変な大人を気にする余裕はないのです。

 

とにかく、現状を受け入れて、子ども達が今やっている方法で、分からなくて困っている子たちのサポートを始めました。

 

やってみると分かりますが、頭の中で行われていたかもしれないことを、一つ一つ決められた手順を踏みながら書き、計算し、答えを書くというのは、とても労力がかかりますし、ややこしいです。頭がバージョンアップして、慣れて自動操縦になるまで大変です。

案の定、教えるこちらも大変なら、やっとこさ数字が書けている子どもたちは、理解することは勿論、書くことすら大変でした。

なんのことか分からなくなるのでしょうね。

さくらんぼ計算、さくらんぼ算と呼ばれる計算の仕方について、文部科学省は考え方として勧めているだけとしているそうです。

ただ、現場の現状は、皆さんがご存知の通り、1、2年生の間は、担任の先生が、式の下にさくらんぼ🍒の形に斜め線と◯を書いて、当てはまる数字を書き入れるよう、徹底して教えておられます。

この手順通りにノートやテストに書けていなければ、叱られたり点数を引かれたりすることも多いので、みんな一生懸命にこの方法を学びます。

なぜ、手順通りじゃないとおこられるのか。

それは、初めは慣れなくて面倒臭いだけでしんどいけれど、繰り返し取り組むうちに、段々とそれが身に付けば、後々の計算にも生かされて楽になるからだろうと、理解することはできます。

最初の目的は、そこだったのですが、そうやって取り組むうちに、だんだん目的がズレて、さくらんぼ計算をすること、先生の言う通りにすること、が最優先事項のような状態になっていきます。

 

ただ、このさくらんぼ計算の問題が表立って現れるのは、1、2年生の間だけで、3年生にもなれば、少数や分数に移って行くので、概ねこの問題は消えていきます。

 

このさくらんぼ計算、精神的負荷や、書くのが苦手なお子さんにとっては苦行でも、几帳面で真面目、ゆっくりだけど堅実、なタイプのお子さんにとっては、例え理解がゆっくりで、飲み込みが遅くても、ゆっくり着実に几帳面に真面目に、取り組んでいるうちに、周りより遅くても、やがて基礎力として身につけていくことが多いです。

ここに、このさくらんぼ計算の強みがあるように思います。

低学年のうちに、繰り上がり、繰り下がりの基礎的な力をしっかり身につけたお子さんは、比較的その後の計算がスムーズです。

 

私たちが子どもだった頃と違う方法で、計算している我が子を見られた親御さんは、こんな面倒くさいこと、わざわざして。ササッと頭の中で計算すればいいのに。と、もどかしい気もちになられることでしょう。

私たちの子ども時分は、国語でも、算数でも、今よりもかなり答え方に自由度がありました。 

それが今では国語の読み取りでも、答案用紙には、文中からそのまま抜き出せばピッタリハマる文字数の枠が印刷されています。その方が、分かりやすいだろうということなのでしょうが、意味が分かっていても、ピッタリの場所を抜き出せなければ✕なのです。

算数でも、担任の先生が決めたクラスの決め事にピッタリハマった回答でなければならないので、子どもたちは、そのクラスの決め事に従順に従っています。

 

なので、私たちは、子ども達がなんでこんなやり方を?と疑問に思うことがある時は必ず、「クラスで担任の先生がそうしなさいって言ってた?」と聞きます。

「うん」と答えた時は、大抵の子ども達が言っていることが合っている場合が多いので、子どもたちのやり方に合わせて私たちも指導します。

私たちが、違うやり方を教えてしまった場合、学校で子どもたちが叱られたり、やり直ししたりすることになってもいけませんし、何より子どもたち本人が困惑するからです。

掛け算の筆算でも、繰り上がりの数字を、どこにどの様に書くかについては、その担任の先生によって違いがありますから、下手に私たちの習ったやり方に変更させない方が懸命です。

 

例え、面倒臭く思っても、クラスで担任の先生が「さくらんぼ計算を使います」と指示を出しているときは、子どもたちは、その指示に従って真面目に取組んでいるだけなのです。

 

ただ、さすがにもういいんじゃない?と思う時期でもやっていたり、変な書き方をしている時は、担任の先生に確認をしてみてください。

先生が、「もういいんですよ。」と仰ったら、お子さんにそのことを伝える必要があります。

 

なぜなら、先生やお母さんの言ったことが絶対と信じている、または従順なタイプのお子さんは、「もう終わり」「使わなくていいよ」と言ってあげないと、自然と暗算に移行していいんだということが分からない場合があるからです。

その場合、お家の方が、「もう終わり」「使わなくていいよ」といってもダメです。

「学校の担任の先生に聞いたら、もう使わなくてもいいよと言ってたよ。だから暗算でいいんだよ。」「学校に行ったら確かめてもいいよ。大丈夫」というと効果的です。お子さんも納得されるでしょう。

 

さて、もう一つ問題は、その時点でお子さんが、決め事を使ってわざわざ労力のかかることをしなくても、頭の中で自動運転で暗算できるだけの力がついているかどうかです。

力がついているかどうかは、口頭で簡単な問題を出してみたとき、少し時間がかかっても、暗算で答えられるかどうかで分かります。

さくらんぼ計算などは、10の概念(6の場合は4、3の場合は7)が定着しているか?

5+7なら、7は5と2に分けられるから、5+5は10。10に2を足して12。と、いう工程の足される数の5に、7を分けた内の5と足して、、、と、そこまでの手順を覚えていられるだけの力があるか?

といったことに注意して観察します。

 

そもそも、10の概念が定着していない場合は、それを考える為にそのお子さんはさくらんぼ計算を続けて、じっくり考えている可能性があるし、1つ前の手順を覚えていにくい場合も、視覚情報として紙面に書く必要がある場合もあります。

前者は、さくらんぼ計算でなくても、遊びの中で、

10になる仲間クイズ〜!として、

2だと?(8!)

6では?(4!)

という風に取り組んだり、

フラッシュカードを作り、

2!と見せたら、8!と答える。合っていたら裏に書いた8を見せてピンポーンといい、すぐ次の、6!と6のカードを見せて4!と答える、といった、視覚支援を使った強化の仕方もあります。(コツは、パッパッパッと手際よくすること)

後者では、少し前のことを覚える機能であるワーキングメモリが弱いケースもあるので、口頭で初めは2つの数字を、「3•8!」と伝え、その後すぐに子どもに復唱してもらい、出来たら次は3つの数字に増やして手順を繰り返す、といったような方法で、幾つまで記憶する力があるか?が分かりますし、ワーキングメモリを鍛えることもできます。紙に書いたものをパッと見せてすぐ伏せ、それを、伏せて大人がハイッと言ったら紙に書くという方法も良いです。

こういう力は、一足飛びに伸びる訳ではありませんが、お子さんによってはゆっくりでも開拓されることが多いです。

そういう意味では、算数の場合は、アプリなどを使った視覚的な学習は効果もあるかもしれませんね。

 

お子さんの学力に心配がある時、今の状態だけで、周りより遅れているので、算数は(国語は)諦めなければいけないのでは?と悩まれる親御さんもおられますが、私としては、諦める必要はないのでは、と思っています。

例えば、お子さんの力が2年ほどの遅れがあります、と、言われることがあった場合、2年ほどの「遅れ」な訳ですから、1年生の時に難しかったことが、3年生になったら理解出来るようになっている、ということがたくさんあるのです。

なのに、もう無理だと諦めて算数自体を勉強していなければ、その2年後に「できる」だけの力を積み上げられないということになる場合があります。

もし学習を2年分遅らせていたとしても、時々は思い出して、どれどれ?と前に出来なかった問題を出して確かめることが大切です。

 

発達に遅れがあるかどうか調べるには、発達検査を受けるという方法があります。

学校に、この検査をすることができる先生がいる場合もありますし、教育センター、カウンセリングルームのような臨床心理士がいるところで受けることができます。発達外来や精神科などを受診されても受けることが可能ですが、医師が必要ないと判断されれば希望しても受けられないこともあります。

一般的に多く使われているWISCーⅢ、WISCーⅣといった発達検査は統計です。何万人という人の中で、対象となる人の力がどの辺りに位置するか、という見方をします。

その検査では、力の凸凹のある無しが分かります。得意なこと、不得意とすることが分かり、その得意と不得意の凸凹の差が大きいかどうかにより、その人に困難が多いかどうかが分かります。

言語能力は高いのに、数的な力は弱いタイプや、その逆のタイプ、といったことも分かります。

もしも、その発達検査を受けて、かなり算数的な力が弱い、という傾向が表れていたら、年齢が上がるにつれて、勿論計算力や数学的な理解の力も上がりますが、得意な分野に比べると、その凹凸の差というものは、縮まりにくいケースが多いと、たくさんのお子さんの成長を見てきた中では感じています。

そこは、努力だけでは補えない部分であると周りで接する人たちは理解してあげることが必要です。

 

得意な事、不得意なことの凹凸は、誰にでもあり、それ自体は、なんの問題もありません。

発達検査はあくまでも傾向を出すものであって、発達障がいかどうかを診断するものでもありません。

検査を受けることによって、どこに凹凸の差があって、それにより、どこに困難が隠れているかを知り、その人にあった方法で補ってあげられる方法があれば補い、周りの人が知り、理解することでサポートを得られ、生きていきやすくなる、というためのものです。

 

生活や学習に、大きな困難を抱えて、サポートを必要とするのでは?とご不安な点が強い場合は、学校の先生や病院に相談なさって、発達検査を受けてみられるという方法はあります。

こどもたちは、それぞれのペースで、成長しています。一人一人違うので、お子様のペースや特徴に合った方法で、伸ばしてあげることが最良かと思います。

お子様の困りごとの様子が、そこまででなければ、1年単位でどれくらい力が伸びているか、ゆったりと見守ってあげると良いと思います。