きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

今日はドナドナ〜鈍行列車の旅。

中部地方の夫の実家に向けて、鈍行列車で約7時間の旅に出ることになった。

鈍行で7時間、、、?

まじで?

 

ニュースでは早くから、この年末は新幹線のぞみは全席指定席での運行になり、すでに切符が取れず、利用者は高速バスに流れると言っていた。

いつもなら車で行くのだが、雪深いところなのでもしも雪が降ったら、私の車はスタッドレスを履いていないのでアウト。

今からタイヤを買うのも、車を借りるのも、お金がかかる。それなら高速代だってかかるよ。

ということで、

夫は鈍行JRで行くと決めたらしい。

 

夫は元々高速もあまり好きではないとかで、二年前には車で地道だけで行きたいと言いい、何時間かかる?と聞いたら、休憩を入れると10時間くらいかな?とサラリと答えた。

じゅ、10時間、、、、、、、、。

私は絶句。

自分で運転するとしたら1時間半が限度。疲れて寝てしまう。疲れやすい私は助手席でも3時間が限界なのに。

高速でも4時間半ほどかかると聞くと不安になるところを、10時間とは。体がシートの形に固まってしまう。と、日頃はあまり使わない「無理」という言葉を20連発ほどして抗い、かなり抵抗をした。

結局10時間かけて郡上八幡を越え長良川やら何とか川やらなんやらかんやらと乗り越えて、夜10時頃に到着したということがあった。

が、この時、夫は後で発熱した。10時間の運転で、ひどく疲れたのだろうと思う。思案した挙げ句、ひどくなる前に帰路に着く選択をして、朦朧とする夫を助手席に乗せ、私の体力が果てる前にと、何とか走行時間を短縮する為、高速をぶっ飛ばして帰宅した。初めて4時間近くも一人で運転した。やればできるもんだ。この時は眠くならないように音楽をガンガンかけて走った。助けてくれたのは井上陽水。普段は聞かない陽水の曲にこの日はハマり、懐かしい「リバーサイドホテル」やら「夢の中へ」やら、「傘がない」などを聞いていると面白く、全然眠くならなかった。

他には同じ様に大雪の年末に帰り、この時も高速が嫌だから地道に降りたいとのことで、滋賀辺りで降りると、雪で行き止まりの道を迂回して除雪のまだ出来ていない雪山にハマり、もうちょっとで遭難しかけたということがあった。

 

かなり話は脱線したけれど、だから今回も、7時間の鈍行の旅の提案は、もう覆せないなとあっさり諦めて、早めに承諾。

そして今に至る。

今朝は5時台の電車で出発した。

電車は思いの外混んでいる。座れない。まだ仕事納めでない人々が多くおられるみたい。久しぶりにこんな朝早くから遠くに出勤する人たちを見て、複雑な思いがした。朝一なのに、ぐったりみたい。大変だよね。

 

元々、鈍行での旅は嫌いではない。その土地その土地の違いや良さを感じられるから。

夫が高速を嫌いな理由が、風景を見られないからという点はとても良く分かる気がする。

 

今朝は澄み渡り清らかな空が広がっている。

 

滋賀は米原を過ぎると、雪を乗せた伊吹山が見える。

安土に来ると途端に周囲は田畑が広大になり、古民家の集落が増える。一気に時代が遡るようだった。

ここで、先日放送されたクレイジー・ジャーニーで、エチオピアのお酒が主食の民族コンソを訪ねたノンフィクション作家の高野秀行さんが、エチオピアの高速道路を走っていると、段々と車に変わって放牧されていた牛たちが道路を埋め尽くしだし、それを映像に撮っていると時代を遡っているかのようだ、と話していたことが頭を過った。

そういったことを風景から刺激を受けて考えるこの時間は、ある意味贅沢で豊かな時間だなと思う。

 

 

 

 

だけど、、、、

大きな荷物を持って、何十分も立って、計6回の乗り換えでホームを上ったり下りたりするのは辛いよぉ〜。

駅についても、お迎えに来てもらえない時は、歩きかなぁと言っているよ?徒歩35分ってグーグルさんが言ってるけどね〜〜〜。

 

あと2時間、列車(汽車)の旅。

脳内をドナドナが流れる。