きらめき 綴り

療育アドバイザーとして活動しています。日々の心の煌めきを大切にしています。

嘘も方便。

昔から、嘘も方便という言葉があります。

相手や将来のことを考えて、物事を円滑に進めるためには、時と場合により、多少の嘘も許される。という意味だそうです。

 

でも、私は嘘が大嫌いです。

真っ正直な母を見てきたからか、遺伝子を受け継いだからかは分かりませんが、子どもの頃から、嘘は大嫌いです。

 

例え嘘でも、相手の為なら。上手く切り抜ける為には。上手に嘘をついた方がいいのだろうか?•••、思いやりだろうか•••と、悩み思案する場面は、今までに数えきれない程ありました。

 

でも、私は上手に嘘をつける自信がありません。

子どもの頃、母から「心の中には良い神様と悪い神様がいて、ちょっとくらいならと思うことでも、悪いことや嘘をついてしまう時には、この悪い神様が勝ってしまってる時。逆に、いや、止めておこうと思えた時は、良い神様が勝っている時。いつも心の中で良い神様と悪い神様と相談しなさい」

と、言われて育ち、真面目にそれを守ってきたからか、たまに、心が揺さぶられる場面にあうと、とても葛藤してしまうのです。

 

もし、その時は相手の為にと、良く思案して、嘘を上手につけたと思っても、ひょんなことから、嘘はすぐ相手にバレてしまいます。

例えどんなに相手のことを思ってついた嘘でも、ひと度バレてしまったら、逆に相手を傷つけてしまうことになってしまいます。

そして、この人は嘘をつく人なんだ、と、相手に植え付けてしまい、信頼を失ってしまうことになるでしょう。

信頼を築くには、時間も労力もかかりますが、失うのは一瞬です。一度失った信頼は、すぐに取り戻せるものではないことを、今まで生きてきた中でイヤと言う程学んできました。

 

だから、私の思う「嘘も方便」は、その嘘が絶対に相手に伝わらない、万が一伝わってしまった時、相手を傷つけない、という余程の覚悟がある時だけ、止むに止まれぬ時だけ使うもの、と決めています。

 

でも、母が認知症になってすぐの頃、義父から度々困って連絡が入りました。

どうも訳の分からないことを言うようになったらしいのです。

「前に住んでいたアパートを早く片付けて引き払わないといけない」「飼っていた犬が2匹死んでしまってそのままになっている」と繰り返し言うのだそうです。

義父には何のことか分からず、そんなアパートなどない、犬は死んでいないと母に話して聞かせるのですが、いっこうに止まらず、挙げ句には、そのアパートに行きたい、連れていけ、とせがまれて困ってしまい、私にSOSが来たようです。

母は、義父と一緒になる前に住んでいたアパートがありました。

そこは、とっくの昔に引き払い、飼っていた犬たちは今の住まいに連れて来ましたが、そこで寿命が来てしまい天国に召されていきました。

今、母の側には、3代目の犬たちが、前の犬と同じ名前で飼われています。

 

義父に代わり、私から説明してみましたが、母は納得しませんでした。

「昨日も、そのアパートに行って、この目で見てきた。」というのです。そして、確かに犬もそこに倒れていたと。

母が現在住んでいるところから、前に住んでいたところまでは、高速で1時間半かかります。

認知症になった母が、一人で簡単に行ける場所ではありません。

でも、母は信じています。恐らく、頭の中では実際にそういった場面が展開しているのでしょう。母にとっては、それが現実であり、真実なのだな、と気づきました。

自分にとって、現実であり真実であることを、他者が信じてくれず、自分のことをボケている、というのは、母にとっては我慢ならないことでしょう。自分の感覚がおかしくなっているのか?と、どこかで不安にかられるというのは、とても怖いことだろうなと思うのです。

そして、生真面目な母だからこそ、住んでいたアパートをきちんと返さないといけないと思い、前に飼っていた犬たちのことを心配するからこそ、側にいないその犬たちは、前のアパートにいる、そして世話が出来ていないから、きっと死んでいるだろう、と心配しているのではないかと思いました。

 

認知症になっても、その人らしさは失われないという話を耳に挟みます。

母は、認知症になっても、他者のことや動物のことを考えているのだなと思いました。

義父にはそのことを説明し、それ以降は、その話をしだしたら、私が代わって対応するようにしました。

そうするようになってから、次第に、そして頻繁に母から電話がかかるようになりました。

内容は、いつもそのアパートと犬のことでした。

母の言っていることは一貫していて、ある意味しっかりしていました。その母に、生半可なことは出来ないな•••と感じつつも、はやる母の気持ちを治め、この状態を良い方へ向ける為に、上手く行くかどうか分かりませんが、心を決めました。

母の現在進行系の世界や気持ちに、しっかり寄り添うことにしたのです。

「そうかそうか、前の家を気にしてるんやね。まだ荷物が残ってるんやね。丁度明日は私も仕事が休みやから、アパートに行って片付けて来るわ」

と、話しました。

「荷物多いで?」と母が気にしています。「押し入れにまだだいぶある。何が入ってたかなぁ、ええっとぉ〜•••」と考えています。

「それなら、一旦私の家に持って帰るわ」と私。

「そんなん悪いわぁ。お母さんも行くわ。歩いて10分で行けるから」と言い出す母。

「いやいや、わざわざいいで〜。私、車やし、押し入れだいぶ空いてるから、全然大丈夫。」

「犬たちも、きちんとしてくるからね」と、繰り返し説明しました。

「大丈夫やで。何にも心配いらないよ。きちんとしてくるからね。」

そう落ち着いたトーンで、しっかりと繰り返し話すと、犬たちの弔いにかかる費用まで心配してくれていましたが、次第に母は納得し、「また明日連絡するね」と言い残して電話を切ってくれました。

 

さて、問題は次の日です。夕方、私の片付けが終わったであろう頃を見計らって、母が電話をかけてきました。

「どうやった?大変やったやろう?ちゃんと出来たか?」と。

そして、一旦持ち帰ったはずの荷物を、近いうちに持ってきて欲しいと言い出しました。

やはり、自分の荷物だから、手元に置いて置きたいのでしょう。そんな母の気持ちをひしひしと感じましたが、実際に無い荷物を持って行くことはできません。

嘘が苦手な私は、しっかりしている母を相手に、この難局をどう乗り越えようかと冷や汗をかきながら、頭を捻りました。

動揺しながらも、それは仕事で培ったスキルで上手く隠しながら、「荷物なら、私の家に上手く収まったから心配ないよ。今そっちに持っていっても、狭くなって大変やろう?それに急ぐような物は入ってなかったよ。心配してくれてありがとう。」と説明しました。

母が案じているであろう箇所を読み取って、全て寄り添い、納得し安心できるように受け答えしたところ、その日も母は、電話を切ってくれました。

苦労して、嫌いな嘘もついたのに、ひょっこり私の兄弟たちに電話をかけて、辻褄が合わなくなると困るので、兄弟たちにも今の現状を説明して、話を合わせてもらうようにもしました。

もし、私との話が嘘だと母が気づいたら、誰も自分を信じてくれないと、ショックを受けるかもしれません。

今後2度と私の話を信じてくれなくなるかもしれません。この先、長くなるかもしれない母との関係が、暗礁に乗り上げてしまったら、とても困難になってしまう恐れがありました。

 

認知症が進むと、電話魔になるとも聞いたことがあります。次第に回数が増えていく母からの電話に、さて、どうしたものか••とこの先を不安に思っていましたが••。

 

そのやり取りの後、一日に何度もかかっていた母からの電話は、ピタリとかからなくなりました。

義父にも、言わなくなりました。

 

母の駆り立てられた思いは、納得し、消えていったのが分かりました。

次に会った時、母の表情は穏やかになっていました。

そして、駆り立てられた気持ちが消えたのと同時に、電話のかけ方も、忘れていきました。

 

今後、母が、私がついた嘘に気づく日は、きっと来ないでしょう。

母を騙したことに胸は痛みますが、今回私がついた嘘は、「方便だった」と、自分に言い聞かせています。

 

私は過去に介護の初任者研修を受けました。その時の講師が、「認知症の方の対応では、嘘も方便だ」と言っていたのが印象的でした。さすがに私でも、そうなのだなと理解はできましたが、それは頭の中だけでの理解でした。

研修は修了しましたが、ご老人さんたちのお世話は自信がなくて、元より強い関心がある障がいを持った子どもたちの療育の世界を選びました。

障がいを持った子どもたちは、言葉が無い、若しくは上手く気持ちを表せられないからこそ、その心に寄り添い理解しようと努める内に、いつしかその気持ちが、手に取るようにわかるようになりました。

そして、言葉が上手く通じない相手に、どう言葉をかけ、対応すれば安心させてあげることができるかも、経験則として身につけることができました。

それが、今になって、認知症を患う母への対応に活かせることができ、人生って、何も無駄なことがないんだな•••とつくづく感じています。

そして、これからを成長してゆく道を辿る子どもたちには、例え安易な嘘もつくことは厳禁だと今でも思っていますが、認知症を患い、残された時間を少しでも穏やかに、そして納得して過ごしてもらうためには、その心に寄り添った温かい嘘は必要だと、母から教わりました。