今日はクリスマス会だった。
今日も朝から追加の作業。
昨日大方済ませ、それでも充分なのだけれど、時間がある限り出来ることがあればやっておきたかった。
今朝追加したのは、昨日アップしたクリアファイルで作るランプシェードの手順書だ。
画用紙に、簡潔に要点だけの図と言葉を書いていく。
言葉は必要最小限。
例えば「ハサミで線に沿って切る」と書くところは、ただ「きる」のみ。
線に沿って切るという説明は線とハサミで表せばそれで伝わる。
言葉が多いと、自閉症の人たちはどこが要点か分からなくなり、結果、何をすればいいか掴めない。
なので、限りなく情報を削ぎ落とした絵で、表すように工夫する。
口頭で説明もするが、口頭の説明は聞いた尻から記憶から消えていく。
ワーキングメモリ(短期記憶)が弱いので、消えても後から見れば分かるように視覚支援が必要なのだ。(文字は読める人たち)
でも、慣れていないと、紙面にありったけの情報を言葉で書いてしまって意味がなくなる。
もし短くても文章が必要なら、それは単語と単語の間に空白を開けて書く。文節ではなく、単語。
施設で責任者をしていた時は、指導員の先生方に口をすっぱくして、この書き方を指導していた。
今は自分の会に必要なことは全て自分でしている。
指導していた時のことを思い出しながら、私は自分の思うように書けば良いだけなのでいいけれど、指導を受ける側の先生方は大変だったろうな、なんて考えながら作業した。
もし、時間に余裕があれば歌も歌いたい。
いつもは「赤鼻のトナカイ」を歌うが、中学生になったので、「きよしこの夜」もいいな。しかしきよしこの夜は、歌詞が二通りあるから、どちらが良いか思案したが、簡単な方をチョイスし、歌詞カードを書いた。
メンバーが分かる問題を作って◯✕クイズもしよう、と問題を考えスマホのメモ機能に打ち込んだ。
忘れ物が無いように荷物の確認をして、夫と共に家を出発。
フリーになってから、活動に工作を入れるのは初めてだ。小学1年生から工作に取り組んできたメンバーだけれど、一緒にするのは2年半ぶりになる。
1年生のころは、本当に大変だった。感覚遊びも兼ねた紙粘土工作では指導員の目を盗んで紙粘土を食べようとする。小さくても一度スイッチが入れば凄まじい力とスピードを発揮する。私は全体の指導があるので、その間任せた指導員では手に負えなくて、攻防が激しく汗だくになっていたので交代すると途端に落ち着いて、なんとか作品を作ることができたというようなお子さんだったが、今では見本が、目の前にあっても、その通りに作るのではなく、自分のイマジネーションを働かせて、頭の中からそれをアウトプットしながら鼻歌を歌い、楽しんでどんどん手を動かして作っている。その様子が感慨深かった。
元々センスは良いものを持っていたが、自分ではできないので、毎回通所する度に指導員にせがんで折り紙工作なんかを楽しんでいた。
その頃から考えると別人のようだ。
恐らく今のこの子どもたちを初めて見た人は、そんな小さかった頃の様子など、想像もつかないことだろう。
お母さん方も以前なら、工作のアシスト役など嫌がって拒否されたことと思うが、今では安心して横で微笑みながら我が子の様子を見ていられる。
定規で長さを測ってマジックで印をつける、なんて難しいところにはアシストしてもらった。
みんな光るもの、キラキラしたものが大好きだ。
マジックで描いたりシールを貼ったりして飾り付けたシェードの中に電池式の蝋燭型ランプを入れてあげると手を叩いて喜んでくれた。
初めは確かセリアだったと思うが、この電池式ランプのカラー点滅のものを買ったら、速い速度で点滅するので、さすがに頭が痛くなりそうだし、万が一癲癇でも起こしたら大変なので、念の為ダイソーで普通のオレンジの光のものを買っておき、そちらを灯してみせてから、良かったらこちらも、、、とカラー点滅のものもつけたところ、子どもたちはこちらの方が好みだったようで大喜び。
お母さん方に許可を得て、結局こちらもプレゼントした。
次は、SSTを兼ねて、友達の良いところを見つけ、画用紙でできたツリーの、飾りの形をしたメッセージカードに書き、友達のツリーに貼ってあげる、というプログラムだったが、何ということか、夜なべして作成したその飾り型メッセージカードを家に忘れて来てしまった。
究極持っていたコピー用紙を同じサイズの形に切って渡し、そこに書いてもらうことにした。できた物はまた持ち帰り、家で完成させて後日お届けするということに。
これで、子どもたちの家にはランプと画用紙のツリーを飾ることができる。
重度の自閉症の子どもたちは、友達同士でお互いの家に行って遊んだり、交流するというような機会がどうしても少なくなる。
放デイや学校の様な人数の多いところで工作しても、どこかそれは個人的な楽しみという域から出にくいが、私の会ではみんなが友達としての関係にあり、やり取りに介入は必要だが、お互いが意識しあい、積極的に関わりを持とうとしているメンバーだ。だからそれだけに、そこで一緒に作った作品には、彼らにとって格別の想いが籠り、それを家に帰って部屋に飾ってからでも、じんわりと友達との思い出を感じながら眺めることができる。
更にその画用紙のツリーの飾りには、友達が書いてくれたメッセージが文字にして書かれている。その筆跡から、友達を感じ、彼らは何度も何度もそのメッセージカードをめくって楽しむことだろう。
2時間という枠の中で、工作、メッセージカード、◯✕クイズ、椅子取りゲーム(反射神経を養う)そしてオヤツにケーキ。これだけでもういっぱいいっぱいの時間となった。
最後に歌うはずだったきよしこの夜を聴きながら、お片付けをし、挨拶をしてお開きとなった。
それでもまだロビーで物足りず、しばらくお母さんたち、子どもたちと談笑した。結構長く立ち話したが、普通なら子どもたちが代わる代わるまだかまだかと催促に来るが、今回はみんなその場をウロウロしながらも友達と接し、誰も一度も催促しに来ることがなく、とても静かに親たちの話が終わるのを待つことができた。
きっと、子どもたちも今日が特別な日(クリスマス会)で、1年の最後の会だということを感じていたし、楽しかったのだろうと思う。
エレベーターの前で別れ、一階に降りたのに、また一階で合流し、おかしくて笑いあいながら、今度は本当にさようなら、と手を触り合って別れた。
また来年。1月に元気にお会いしましょう。と。
夜になり、早速家でランプを飾って楽しんでいます、と一報が届いた。

(下は家で完成したツリーと飾り型のメッセージカード。めくれば友達からの言葉が出てくる。)

また明日にでもツリーをお届けしよう。