息子が再び一人暮らしをすることになってから半年が過ぎた。
これまでの一人暮らしと違うのは、初めて私と世帯分離した点だ。
長野で大学生活を送った時も、帰ってきてから引きこもった時も、それはまだ私や夫の扶養下にあった。
前に、息子の誘いで急遽、小泉進次郎氏を見に出かけたことを書いた。それまで、投票所が自宅マンション下の集会所であっても行くことができなかった息子。
それでも彼なりに政治については調べ、自分なりの見解は持っていたようで、同居の終わり頃になると考えを話してくれたり、AIに尋ねた内容を送ってくれたりということはあり、関心は持っていると感じてはいた。
でもまさか実際にこうした行動を起こすとは思わず、驚いたというのが本音だった。
そして、直後の衆院選ではちゃんと投票にも行くことができたらしい。いいじゃないか。
自分が行きたいと思ったところへ、行ける時間に起き、行動を起こして、お風呂もトイレも済ませ身支度もして、玄関を出ることができる。
それって、強迫観念のある人や、自閉症の特性を持ち、拗れてしまっている人、のように精神面で不調を持つ人にとってみれば、パワーの要ることだ。すごいこと。
その、小泉進次郎氏を見た後のこと。
息子がこれからどうします?という。
どうしますとは?と聞き返すと、
「お茶でもいきませんか」と言ったのだ。
息子からお茶の誘いを受けるとは。
と、その日は驚きの連続だった。
思えば、外で彼と2人でご飯を食べたのだってこれまで数えるほどしかない。何しろ子どもの頃から外食が嫌い。
1度目は同居を始めた当初。2度目は同居解消間近。3度目が同居解消直後にイケアに誘われ、館内のスウェーデンレストラン。そして4度目がカフェでお茶だ。
因みに、イケアのレストランでは、ここで食べるのが夢だった、と言って、嘘でしょ?と目を疑うほどトレーにいっぱいお皿を並べられ、「いいよ」と言ったことを悔やんだ結果に。ここぞとばかり、という感じだ。
金銭感覚が無いのか、と言うと、実はそうではない。長野で一人暮らししていた時には、食材の底値を知っていて、肉などは100グラム辺りの値段も把握し、シビアな比較検討が行われ質素倹約な生活を送っていた。
その頃の感覚は失っておらず、再び一人暮らし、しかも、生活保護という、決して余裕があるわけではない生活の中で、その感覚は如何なく発揮されているようだ。
少し前に行われた、VISAタッチ決済をするとルーレットで当たった金額が還元されるというキャンペーンにも、ちゃっかり参加していた。スマホは格安SIMだし。
しかし、いつまで経っても、親は昔のままの親。自分が子どもの頃に見上げていた頃の親。その親に甘えられるものは全力で甘えればいい、と、まだどこかで思っているのは変わらない点。まだ自分が大きくなっていることが分かっているようで分かっていない。
そのイメージと、思い込みの払拭が、彼にとって自立の1つの関門だった。今はたまにならいいだろう?と思っているのだろう。こちらの都合を考えたり、意向を伺う、という思考はまだあまり無いようで、「欲」が先に立つ。
今回の焼肉とピザは、何か食べたいものは?と私が聞いたので、要望を出してきたもの。焼肉と聞いて慄いたが、調べて安くて旨い店を見つけて行ったところ、ランチで十分満足できたようだ。「欲」と自分の胃袋のキャパとの相談も課題。
妹との会合では、その後、3人でカフェに行き、ケーキセットを頼んだ。
体調が悪い時、こうして慣れない人と話すことは全体力を持っていかれるようで、すこぶる機嫌が悪くなっていたのが、非常に穏やかに朗らかに、落ち着いて一緒に時を過ごすことができるようにまでなっていた。
妹の希望で、急きょ、息子の部屋も訪問した。それまでの彼の部屋を知っているので、現在の部屋の様子を見ると、頑張って生活しているのが分かる。妹から見ると、これが?という状態だが、まず、床に物が散乱していない。ゴミはゴミ箱へ。ゴミ袋が溜まっていない。段ボールは定期的に捨てられている。食材のストックも綺麗に棚に入っている。流しに洗い物が溜まっていない。コンロにはフライパンと鍋。辛うじて自炊している。洗濯物が室内干しされ、除湿機が回っている。布団は上げられている。玄関に靴は最小限度。
これは、定期的に訪問する生活保護担当者のおかげでもある。家族以外の他人。しかも女性。そうした緊張感と、彼の持つ見栄が丁度良く相乗効果となって、部屋の状態をキープするモチベーションとなっている。
部屋の状態は、その人の状態を表す。
元々持っているはずの力が発揮されている状態をベースとして、そこから荒れているか、いないか、によって、その人の状態が良いか悪いかが一目瞭然となる。
今の息子の状態は、元々持っていた力から、更に自立に向けて、向上してきていることが分かる。
生活をするということは、雑多な家事を行う力や、家計を考える思考力、身だしなみを整える気持ち、そして生活サイクルを安定させ、自分の精神状態を保つ力が必要になる。
一人暮らしで精神状態を保つことはなかなか難しいことでもある。休職したことのある人なら一度は経験されたことがあると思うが、独りで部屋に籠もっていると、徐々に鬱々とした気持ちになってゆく。初めは楽でいいと嬉しく思うが、外部からの刺激がない状態が続くと、次第に焦燥感に駆られてゆく。焦燥感に駆られるので、何かしなくちゃと思うのだが、それも途中で虚しくなる。自分ではあれこれ考えているつもりでも、思考が一人よがりになる傾向にある。
目や耳を存分に使い、得た情報を駆使してフル稼働で思考したり行動する機会が極端に減ると、神経活動も衰退していく。当たり前だが目や耳、鼻、手や足の神経は脳と繋がっている。感覚の入力器官からの刺激が受けられないということは、すなわち脳へ刺激が行かないということで、伝達物質が通わないのだから、必要の無い神経回路は衰退していく。様々な刺激から受けた感覚を統合する力が減退していくその中で、精神状態を健康に保つというのは、非常に至難の技なのだ。
だからこそ、何らかの形で、社会と接点を持つことができ、刺激を受けることができる環境を持つよう努力することが重要で、自分を保つ為に必要なことになる。
自閉症の特性を持つ子どもが、不登校になりかけても、なるべく定時に家を出て、学校に行き、規則正しい生活を送りながら、刺激を受けて、また定時に戻る、という行動パターンを保つようお勧めするのは、自閉症児特有の、
①締め切られた空間の中にいると、脳に刺激が行きにくくなり、混沌とした世界の住人になって囚われやすい性質を持つこと。
②ルーティンで生きているので、ルーティンが崩れると、その崩れたルーティンを死守しようとすること。
③元々他者と共存することが苦手なので、限りなく他者との接点を排除しがちになること。
④それにより、状態が悪化すること。
を避ける為だ。
一度崩れたら、立て直しが困難になり、労力も精神力も、時間も費やすことになる。
息子は、そうした特性を幼少期から存分に発揮しており、とにかくこの規則正しい学校生活を送ることに、私は注力していた。
その攻防は、お互いの体力を奪うものではあったが、後退しようとする性質を持つ自閉症児の後ろに壁となって立ち、ここからは下がれませんという、一線を示し立ちはだかるというのは、深い井戸の底へ降りてしまい、掬い上るのが困難になることを防ぐための手立てだった。
変化を嫌い、強い拘りに翻弄される自閉症児だからこそ、変化がある日常を送り、拘りを少しずつ崩す生活を送ることは、変化を受け入れ、拘りから自力で抜け出る力を育む。
自分を良い状態に保ち、楽に生きる方法として、自己理解に入るよう伝えていく。
しかし元々小さい頃からモラトリアム人間であった息子は、小さい頃から社会へ出るということを恐れていた。目の前に来る壁を越えようとする力が弱く、回避傾向にあった。
大きすぎる、強固過ぎる壁は回避しても良いが、少し努力すれば越えられそうな壁は、回避して迂回しても、また同じ課題として目の前に壁となって現れる。
だから、何をどれだけ頑張れば超えられるのか、示し、伝えながら、超えるという道を選びながら成長してきている。
学生の頃はそれで良かった。
困難なことは山ほどあったが、周りのバックアップあり、友達の理解あり、そして何より環境の変化は周りの同級生たちと一緒に一斉にやってきたからだ。
しかし、いよいよ、社会人として社会に出なくてはならない直前になり、モラトリアムの一面が大きく出現しだしたのだろうと考えている。今までとは違い、大学を卒業するタイミングや就職の方向性も違う。
成績だけなら3回生のうちに全て単位を取ってしまえていたのに、体調を崩し卒論だけが書けなかった為に3年余分に留年やら休学やらをすることになり、完全にタイミングを失い更にもう3年引きこもっていた。4回生の時も含めて、計、7年の引きこもりの生活だ。
モラトリアムは、一時停止や猶予期間という意味だ。社会人になることで社会的責任を追うことへのプレッシャーを、本人も気が付かない内に少しずつ感じ、ダメージを受けていたのだと予想する。
それは、既に小学生頃から感じさせるところだった。
長い助走期間を走ってきたが、いざという時になり、やはりまだ、自分にはそれだけの力も勇気もアイデンティティも備わっていません。
そんな状態だったのだろう。
発達障がい児(者)の中には、精神年齢が平均より幼い人がいるとも言われている。人により、平均より何年精神的な発達が遅れているかは個人差があり、息子は恐らく精神面では2歳だと感じているが、息子は後に自分で10年だと主張している。元々2年ほどだったのが、引きこもっている期間にも停滞しているため、息子が言うように凡そ10年ほどの開きになっているのかもしれない。だとすれば、やっと18歳ということか。
この引きこもりの期間に、息子は自分のADHD という特性の他、ASDというものも併せ持つ現実に直面している。
自分はなぜ発達障がい児として生まれねばならなかったのか。
自分のこれまでの生育歴を遡り、その原因がどこにあり、責任の所在はどこなのか、納得がいくまで考える。
遺伝子の力に自由意志の力は勝てるのか。
自分はこの先どう生きればいいのか。生きていくのか。
発達障がいを持つ当事者として、苦悩と葛藤の年月を送ってきたのだろう。
社会に出るには、覚悟とちょっとした勇気、そしてアイデンティティの確立が必要だが、息子はこのモラトリアム(猶予期間)の間に、のた打ち回りながら、覚悟と勇気とアイデンティティの確立を進めてきたともいえる。
絶望の中、心、魂の叫びを私にぶつけることで、言語化が始まり、アウトプットすることで跳ね返ってくる反応を得、考え、またぶつけ、また反応を得ることを繰り返すことで咀嚼が進み、私との境界線も構築されていった。
私という鏡を使って、自分という者を掴み、理解(自己理解)し、他者に理解されるためにはどういう言葉を使い(言語的スキル)、どんなトーンで、どんな表情で、どんなタイミングで(非言語的スキル)、相手の状況や気持ちも推し量りながら(他者理解)コミュニケーションを取れば良いのか。
そして、誰かと同居するにあたり、ルールを守り、待つといった規範意識(集団行動のスキル)と自己コントロールする力(抑制力)、そして、他者とより良い関係を築く力(対人スキル)、問題を解決するために話し合うことや相談する力(問題解決力)といった、文字通り、社会性技能(ソーシャルスキル)を身につけていった。
大人になれば、それだけ複雑な概念形成とソーシャルスキルを身につけておかねばならない。
私は机上のSSTではなく、実戦(実践)型のSSTを得意としている。引きこもり期間は、このSSTを行い、ソーシャルスキルを手渡し、精神年齢の引き上げも行った。
一時は、前の一人暮らしの刺激がない生活により、物を見た時に区別がつかなくなるという同時失認のような症状が出だしており、このままでは脳機能にダメージが出る可能性を恐れて、再び同居に踏み切った経緯があった。また揉める可能性は大だが、それも刺激の1つとして、他者のいる環境にまた戻ることで回復を目指したのだった。
言語能力も、記憶力も低下し、心配した期間も長かったが、その失われつつあった言語能力と記憶力からくる問題と向きあい、葛藤した期間は、ソーシャルスキルの獲得と共に、脳細胞が再び活性化し、神経発達を促すことに繋がっていた。
同時失認のような状態は消え、言語能力も戻り、記憶力も復活した。それは同時に、理性を司る脳の機能が向上したと考えられる。
脳の機能が向上すると、本能や感情を抑える力も向上すると言われている。それが理性なのだが、理性が宿ると、
認知制御 実行機能 抑制制御の3つの力が向上するとも言われている。
認知制御は、感情や自動的な反応を抑えて、目標に合わせて行動することができる力。
実行機能は、思考や行動を制御できる力。
抑制制御は、衝動的な欲求や感情をコントロールする力。
私は普段、療育の中で、この様な、脳の可塑性を利用し、認知機能の向上を目指すことを意識した関わりを行い、効果を得てきた経験から、これを息子にも適用させていた。
これらは、荒療治でもあり、リスクも伴うことでもあるので難しいことだが、私の人生を賭けて向き合わねばならないことだった。
調子が悪くなり、停滞していた空気は、その都度、引っ越しを余儀なくされる中で、息子としては仕方なく体を動かさねばならず、この、体を動かす引っ越し作業をすることで、打破されていった。その度にその後は必ず決まって調子が上向きになり、機能回復していた様子が見て取れていた。
この事からも、やはり、停滞した空気は自閉症には良くなく、色んな意味で空気の循環というものは大事であり、粗大運動のように体を目一杯動かすという行動は、全身の神経回路を起動し連携し隅々まで神経が行き渡ることを助けるとつくづく感じた。
今、息子は私を必要としていない。
自分一人でも、栄養や体調や生活サイクルや金銭面や担当者とのやり取りなど、考えながら行うことができている。
整体など、調子を整えるために必要な病院に予約して通うこともできている。
何より、ようやく精神科医が定着(私が元々勧めていた病院)し、自分で納得して通いだすことができているようだ。
こうした経緯によって、息子はようやく今、一旦、寛解した状態と言えるのではないかと思っている。
今、彼が住んでいる部屋は、前に私たちと住んでいた、自然の側の住宅ではない。そこから離れることに抵抗を示しながらも、近くにあった物件を蹴って、今住む駅から2分の駅近で人が多く住む街の中心地に決めたのは、
「住んでいた場所から近いところでは変化がないと思った。馴染めるか不安はあるけど、これまでと違う場所を選んで変化しようと思った」
からだと言っていた。
変化を嫌い、拘りの強い自閉症の特性を強く持つ息子が、変化を望み、受け入れ、自分の拘りを緩めて、自ら決断し、行動することができている。