朝、息子の新しいクリニックに確認の電話をかけた。
生育歴を話す為の予約日の確認だった。
早めに、と息子から聞いていたので、喫緊の可能な日を選んだつもりだったのに、カレンダーを確認すると1週間遅い日に印がついていた。
私の勘違いで、遅い予約になってしまったようだ。
息子は只今絶賛生活保護受給中。
母である私が家族受診する時、手帳やチケットなどが必要ないのか市役所に聞いてもらおうと、次に息子にも電話をしてみた。
午前9時。
世帯分離をしてからというもの、復調の兆しを見せていて、午前中に起床できる日が増えてはいるものの、最近でも2回続けて義父の元へ行く為に約束した時間には起きることができなかった。自分から行きたいと言ったのにだ。
そういうこともまだまだあるため、期待半分でコールを鳴らした。
ガチャ!
スマホもガチャ!っていうんだなぁ、と妙な感心をしつつ、それは息子が慌てて出たことを意味することに少し喜ぶ。
「おはようございます!」
とても元気でシャープな声だ。
「ああ、早く起きていたんですねw」
「はい、その通りですw」
と、他人行儀なやり取りを交わす。
我が家は子どもたちが小学生高学年になるころには、時々改まって、さん付けで呼び、ですますで話すことが多くなった。
その頃、小学校で働きだし、先生方が児童を男の子も女の子も区別なく、「〜さん」と呼んでいたことに大きなカルチャーショックを受けた。呼び捨てでも、あだ名でも、ちゃんでも、くんでも無い。「〜さん」。
「〜さん」と呼ぶには理由があるそうだ。
小学校に入学もすれば、もう幼児ではない。
人格を持った一人の人として扱うことで、子どもたちは自然と自覚を持ち成長するのだという。
それを聞いて、なるほどなぁ。と深く染みた私は、それからというもの、我が子に対しても、療育通って来られる子どもたちに対しても、一人一人を尊重して「〜さん」と呼ぶようになった。
腹が立っていても、「〜さん」と呼ぶと、不思議と落ち着いて対応することができる。
呼ばれた方も、神妙に「はい、なんでしょう」と暴れていても、すごすごとやってくるのが面白い。
たった二文字の言葉を、子どもはちゃんと聞いている。
さて、話が逸れたが、朝から起きていることを母である私に示すことができてご満悦な息子は、私の問いを受けて、すぐさま市役所の担当者に問い合わせ、折り返し電話をかけてきてくれた。
これまで病院、役所に電話1本かけるだけで、一体何日かかっただろうか。
まずは病院や役所の営業時間内に起きていなければならない。睡眠サイクルがぐるぐる回っているときは、一回りして昼間に覚醒しているタイミングを待つことから始まる。起きていたらかけられるのか?というと、そうではない。
なんて言えばいいか分からない。
かけようと思うと緊張する。
調子が悪い時にはスマホ画面を見たくない(脳が痛くなるらしい)。
そもそも行動スイッチが入らない。
目は私を捉えて「かけます」と言うが、かけたのですか?と聞くと「かけてません」と答える。そんな日々が何日も続くのだ。
それに比べると、すぐさま折り返しの電話までかけて来るなんて大違いではないか。
3ヶ月前まではぐだぐだだったのに。
結局、市役所からは親子であることが分かるものを持っていけばそれで良い、という回答だったようだ。継続して通院する時は市役所から病院に月初めに連絡が入るから、わざわざチケットの様なものを取りにいかなくてもいいということらしい。
それはそうと、、、と息子が話を変える。
「今日、〇〇に小泉進次郎が来るんだって。俺見に行こうと思うんだけど、一緒に行かない?」
とな?
急な不意打ちを食らい、返事に詰まる。
これで息子からの誘いは2度目だ。
1度目はイケアに行かない?だった。
引きこもりさんだったのに、随分な変わりよう。
私は自民党の支援者でもないし、小泉進次郎のファンでもない。その時点で誰に投票するかも決めていなかったが、近くに来る。となると、物珍しさで一度この目で見てみたくもなる。
そしてせっかくの息子の誘い。
この頃、今まで眠っていた本来の息子の質の部分、そこが成長した形で外に現れだしている。その彼の関心に乗っかってみよう。と思えた。
「では、行きますか」
そう返事した。
開始時間よりやや早めの行動がいいかもね、とADHDらしからぬ、計画性を持って早め行動を私に促している。
「はい、分かりました」
さて、約束の時間。
私は息子に近くに到着したことを知らせる連絡を入れた。
そこから一緒にいこうという提案だった。
ただ、息子はまだ用意が済んでいないだろうと思い、部屋まで上がりチャイムを鳴らした。
予想通り、息子はまだトイレを済ませておらず、しばし部屋に上がり、待つことに。
強迫性障害の気を持つ彼は、出かける前にはかなり長くトイレに籠る。それならその分早くから入っていればいいけれど、私が到着してから入るのはこれまでと同じだ。
諦めて、その間に部屋の様子を眺めて待つことにした。
当然、許可なく物に触れてはいけない。部屋の中央にただ立ち尽くし、四方八方を隈無く眺めるだけだ。
もうここは、息子の世界。手出しは無用だ。
しばらくして息子が、チェックは済みましたか?と笑いながら出てきた。
引っ越す前、私たちのマンションで、彼の部屋は足の踏み場も無いほど散乱し、カオスになっていた。そのお陰で、部屋の隅や本棚の後ろ、カーペットにはカビが発生し、荒れた時に出来たドアの欠けの修理で、引き上げ時には何万円も管理会社に取られてしまった。
引っ越して約3ヶ月。今ではかなり片付けが進み、それなりの秩序が見られるようになっていた。物の分類も進んでいる。生活するために一生懸命工夫していることも感じられる。床は掃除機をかけたようで、ティッシュやゴミは落ちていない。
「良いですね。」
そう伝えると、ニヤリと喜びを表していた。
表情は明るく、肌艶も良い。化粧水を塗ることにしたようだ。合うものが見つかったのだろう。
髪型も変化が見られた。鏡を見ては試行錯誤しているのだそうだ。
そこから生活の為に工夫している部分について、少し説明をしてくれた。
少しでも、新天地を住みやすくしたい、と主体的にあれこれ考えるのはとても良い。それもこれも、「担当者」が定期的に訪問してくれることが励みになっているからだろうと思う。
部屋を後にし、並んで話しながら移動する。
開場時間には間に合い、手荷物検査の列に並ぶ。
向かいのビルの出入り口から、ジャケットは着ているが、ガタイの良い男性達が余裕の表情を浮かべ歩いてくるのが見えた。
「あの人たち、自信たっぷりって感じやな」と息子が言った。
「うん?まぁそうやね。」「議員か警察関係の人なんじゃない?」と答えた。
空港の様に手荷物をトレーに乗せ、金属探知機を当てられ、クリアして入り口へと進む。
どの辺りの席に行く?と尋ねようと息子の方を振り向いたところ、ぴったり後ろにいたはずの息子がいない。あれ???どこに行ったのだろう?と、また来た道を戻る。
あ!いたいた。なんか関係者と話しこんでいる。まさか、捕まったのか?というのは冗談だけれども、その他に関係者と話し込む理由が見つからない。
あたかも自分も関係者かのように、びったり横に並んで立ち、スーツの年配の男性と一緒に手荷物検査の方を見ながら、深刻そうに言葉を交わしている。「う〜ん、、、なるほど、そうなんですね」としたり顔だ。なんだなんだ?
まだ質問している息子の後ろで、居心地の悪さを感じながら、早く話しが終わってくれないかと気を揉んだ。
「じゃ、失礼します。ありがとうございました!」
そう丁寧に、律儀に頭を下げて挨拶し終えた息子に、すぐさま「知ってる人?何話してたん?」と聞いた。
「いや、知らん人。周りで警備に当たってる人ってどこの人ですかって尋ねてた。警察の人やって」
と息子。
やはり知らない人だったのか。
知らない人と話していたようには見えない立ち位置と振る舞いだった。
そうだ。この人は幼い頃は自閉スペクトラム症の中でも積極奇異型だった。全く知らない相手と、あたかも前から知り合いの様に振る舞える人、、、というのを思い出した。引きこもりで長らく他者と関わって来なかったので忘れていた。
調子がよくなった途端、そういう傾向が現れたことに驚き苦笑しつつ、早く席につこう、と促した。
「それにしても、警備なのだから警察の人かなって検討つくよね」と言うと、「そうなんや、オレ、分からんかった」と答えた。
要はジャケットを着た私服警官ということだろう。議員にしてはネクタイをせず、ガタイが良く、圧がある。そういうところから検討がつくかと思うが、それは彼が年齢的には20代後半になっていても、引きこもっていた年月分、社会経験がなかった影響もあるのかもしれない。出歩かなかったことで、地理的な知識も少ない。
これは、今から経験すれば、取り戻せるよ。と励ました。
講演会が始まり、関係者のスピーチが始まった。
息子が壇上に並ぶ関係者を見ていて、「あ!」と絶句している。
どうした?と聞くと、、、
「ほら、前で並んで座った人!」
「さっき、俺が入り口で尋ねてた人!」
え!?
と私もメガネをかけ直し、よく見てみた。
うわ、、、ほんまや。
なんと。
息子が声をかけ、びったり横に並んで話し込んだ相手は、そこの市議会議員の議長さんだったのだ。
親子で苦笑。
「なんか、話しやすそうだったから〜」と慌てて言い訳の様に呟く息子。
相変わらず、やってくれますな。息子よ。
子どもの頃からいつも、あっ!と驚かしてくれる息子っぷりが健在だった。
壇上には色んな人が並んでいる。近隣の市からも応援者が駆けつけているのだろう。紹介され、ひと言ずつ挨拶をする。
立候補者の演説も終わり、いよいよ小泉進次郎氏の登場だ。
テレビで見るまんまの人。それが息子と私2人の印象だった。
よく通る声で、ゆっくり話す。
北朝鮮からロシアに兵士が送られ、その兵士がウクライナに送られ〜、、、という下りは、連日ショート動画に流れているまんまだった。
その日の朝も、たまたま流れてきたのを見たところだ。同じ話をするんだな、というのが感想だった。
多くの人が今は同じ動画を見ているだろうことは予想できる。それなら少し、違う話もしたらどうだろう?と思ったのは私だけだろうか。
それ以外はそこの土地によって違う話をしているのかもしれないけれど。
その後は話の内容よりも、小泉氏の存在感の方が気になった。
周りの議員に比べ、圧倒的な存在感だ。その存在感はどこから滲み出てくるのだろうか。
それは日々の積み重ねもあるのだろうが、一つ顕著に周りと違っていたことは、服装だった。
周りには襟がヨレヨレの人、曲がっている人、開き過ぎている人、ネクタイが地味な人、髪がボサボサの人、が何人も見受けられる。
その中で、圧倒的に小泉氏のネクタイは、はっきりとした青色で目立っている。襟も曲がってなどいない。勿論スーツ自体高価な物なのかもしれない。でも、襟とネクタイ、たった、それだけでも、周りから浮き出たオーラを放つのだ。そこにあの笑顔とよく通る声、堂々とした態度が加われば充分だ。
昔から言われることだけれど、息子もそれを実際に感じて今後の参考にしてくれたら、それだけでも来た甲斐があったというものだ。
話の内容はともかく、
小泉氏の人柄の良さだけは伝わった。
さて、この記事をアップする頃には、衆院選の結果は大方出ていることだろう。
日本の運命やいかに。
これまでの長いブランクを埋めるかのこどく、積極的に動き出した息子の誘いのおかげで、私も面白い経験をすることとなった。
開場を後にする時、息子はそこで働く関係者達に興味深そうに目を走らせていた。
そろそろ、俺も働こうかな。
どう思う?
そんなことを口にしていた。








